たいしたことはない

この世の中でもっとも大きな「たいしたこと」は自分の死です。

死ねば「たいしたこと」の全てはもちろん、ありとあらゆることが消滅するのですから、誰にとっても自らの死は、人生最大の「たいしたこと」です。

ところが死というものは誰にでも訪れる当たり前のことです。

日常茶飯の出来事なのです。

毎夜の睡眠も、自らの意志では制御できない無意識状態という意味では、死と同じものです。

そう考えると、死はいよいよ日常茶飯の出来事となり、「たいしたことではない」の度合いが高まります。

要するに自らの死も、実はたいしたことはないのです。

死という生涯最大の「たいしたこと」も、「たいしたことがない」のですから、もうこの世の中には全くもってたいしたことなど一つもありません。

そう考えるとあらゆる不幸や悲しみや病や、たぶん老いでさえ少しは癒やされるようです。

なに事も「たいしたことはない」の精神で生きていけたら、人生はさぞ楽しいものでしょう。

だが、そうはいっても、あらゆることを大げさに「たいしたこと」にしてしまうのが、凡人の哀しさです。

そこで、たいしたことはなにもないと達観はできないが、そうありたいという努力はできるのではないか、と考えてみました。

言うまでもなく、どう努力をしても達成できない可能性もあります。だが、努力をしなければ、成しえる可能性は必ずゼロです。

ならばやはり努力をしてみるに越したことはない。

なにごとにつけ、理想を達成するのは至難です。

だが努力をして理想の境地に至らなくても、「努力をする過程そのもの」がすなわち理想の在りかた、ということもあります。

理想を目指して少しづつ努力をすることが、畢竟「理想の真髄」かもしれないのです。

なのでここはとりあえず、「なにごともたいしたことはなにもない」というモットーをかかげて、ポジティブに考え、前向きに歩く努力だけでも始めてみよう、と自分に言い聞かせます。

言い聞かせた後から、その決意自体が既に、物事を大げさに「たいしたこと」にしてしまっている情動だと気づきます。

揺れない、ぶれない、平心の境地とはいったいどこにあるのでしょうか。

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絵空事の真実と虚無とスペクタクル

2022年9月19日、イタリア時間午前11時55分頃、習慣で定時のBBCニュースをチェックしようと衛星放送をONにしました。

するとエリザベス女王の葬儀の模様が目に飛び込んできました。

スペクタクルな絵の連続と荘厳な雰囲気にぐいと惹きつけられました。

イタリア公共放送RAI、NHK、EURONEWS、AlJazeera、CNNと次々にチャンネルを変えてみました。全ての局が生中継で儀式の様子を伝えていました。

このうちNHKの7時のニュースは、冒頭の数分間のみの生中継で別ニュースに変わりました。

BBCに戻り、腰を落ち着けて観始めました。

BBCの生中継は、その後えんえんと6時間も続きました。

RAIは見事な同時通訳付きでBBCの放送を同じく最後まで中継しました。

EURONEWSも全体を生放送で伝え続けました。CNNとAljazeerahaはその後は確認しませんでしたが、おそらく同じ状況だったと思います。

エリザベス女王がいかに英国民と英連邦の住民に敬愛されていたかが分かる式典でした。

彼らの思いは全世界の人々に伝播し、感動が感動を呼びました。世界中の放送局が熱く報道し続けたのがその証拠です。

式典にはまた、イギリスが国の威信をかけて取り組んだ跡がまざまざと刻印されていました。

エリザベス女王の死去を受けてすぐに行われた一般弔問から、遺体が埋葬されるウインザー城まで展開された壮大な葬儀式は、10年以上も前から周到に準備され、繰り返しシミュレーションされ訓練され続けてきたものです。

軍隊が式典の核を占めているからこそ完成できた大きな物語だと思います。

そこには大英帝国時代からのイギリスの誇りに加えて、Brexit(英国のEU離脱)の負の遺産を徹底して抑える意図などが絡んでいます。

むろん70年という異例の長さで英国を支え、奉仕し、国民に愛された巨大な君主を葬送する、という単純明快な意味合いもありました。

運も英国と女王に味方しました。つまりコロナパンデミックが収まった時期に女王は逝去しました。

だから英国政府は式典に集中することができ、英国のみならず世界中の膨大な数の人々がそれに参画しました。

式典の終わりに近い時間には、偶然にも米バイデン大統領が「アメリカのコロナパンデミックは終息した」と正式に述べました。

筆者は式典の壮大と、BBCの番組構成の巧みと、歴史の綾を思い、連想し、感慨に耽りながら、ついにウインザー城内での最後の典礼まで付き合ってしまいました。

強く思い続けたのは、間もなく行われるであろう安倍元首相の国葬です。

エリザベス女王の無私の行為の数々と崇高で巨大な足跡に比べると、恥ずかしいほどに卑小で、我欲にまみれた一介の政治家を国葬にするなど論外だと改めて思います。

自民党内の権力争いの顕現に過ぎない賎劣な思惑で、国葬開催に突き進む岸田政権は、もはやプチ・ファシズム政権と形容してもいい。

今からでも国葬を中止にすれば、岸田首相は自らを救い、日本国の恥も避けることができるのに、と慨嘆するばかりです。

いまこの時の日本に国葬に値する人物がいるとすれば、それは上皇明仁、平成の天皇を置いて他にありません。

平成の天皇は世界的に見れば、かつての大英帝国の且つ第2次大戦の戦勝国である英国君主の、エリザベス女王ほどの重みを持ちません。

だが平成の天皇は、戦前、戦中における日本の過ちを直視し、自らの良心と倫理観に従って事あるごとに謝罪と反省の心を示し、戦場を訪問してひたすら頭を垂れました。

その真摯と誠心は人々を感服させ、日本に怨みを抱く人心を鎮めました。そしてその様子を見守る世界の人々の心にも、静かな感動と安寧をもたらしました。

平成の天皇は、その意味でエリザベス女王を上回る功績を残したとさえ筆者は考えます。なぜならエリザベス女王は、英国の過去の誤謬と暴虐については、ついに一言も謝罪しませんでした。

英国による長い過酷な統治は、かつての同国の植民地の人々を苦しめました。むろんエリザベス女王は直接には植民地獲得に関わっていません。だが英国の君主である以上、彼女は同国の責任から無縁ではありえません。

エリザベス女王は、人として明らかに平成の天皇に酷似した誠心と寛容と徳心に満ちた人格だでした。

だが彼女は、第2時世界大戦によってナチズムとファシズムと日本軍国主義を殲滅した連合国の主導者、英国の君主でもありました。

彼女には第2次大戦について謝罪をする理由も、意志も、またその必要もありませんでした。むしろ専制主義国連合を打ち砕いた英国の行為は誇るべきものでした。

その現実は過去の植民地経営の悪を見えなくする効果もありました。だから女王はそのことについて一言の謝罪もしませんでした。しかもその態度は世界の大部分にほぼ無条件に受け入れられました。

だが、英国に侵略され植民地となった多くの国々の人々の中には、女王は謝罪するべきだったと考える者も少なくありません。彼らの鬱屈と怨みは将来も一貫して残ります。

その意味では、過去の過ちを謝罪し続ける平成の天皇は、エリザベス女王の上を行く徳に満ちた人格とさえ言えると思います。

岸田政権は姑息な歴史修正主義者の国葬に時間を潰すのではなく、世界にも誇れるそして世界も納得するに違いない、上皇明仁の国葬のシミュレーションをこそ始めるべきです。

英国政府が10余年も前からエリザベス女王の国葬の準備を進めていたように。

 

 

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エリザベス女王の闇と平成の天皇の真実

亡くなったエリザベス女王を称える声が世界中にあふれています。

中には彼女をほぼ現人神と見なすらしく、天皇に捧げる言葉である“崩御”を用いて死を語るケースさえあります。

そうするのはむろん日本人です。君主の死を特別扱いにして言葉まで変えるのは、外務省の慣例を含めて日本語以外にはありえません。

エリザベス女王は現人神ではなく人間です。人間の中で優れた人格の人だったから、世界中で賞賛の声が沸き起こったのです。

天皇に象徴されるお上の死を別格と捉えて、無条件に平伏して称える日本人に特有の精神作用によっているのではありません。

英国には反王室派の人々もいます。エリザベス女王はその反王室派の一部にさえ敬愛されました。そのことが既にエリザベス女王の人柄を語って余りあると思います。

エリザベス女王は1952年、父親で国王のジョージ6世の死去を受けて25歳の若さで即位しました。当時の英首相はあのウィンストン・チャーチルです。

彼女はその後、70年の在位中に14人の首相を任命し15人の宰相と仕事を共にしました。その間は、いつも慎重に政治的中立の立場を守り続けたのは言うまでもありません。

女王の在位中には旧植民地の国々の多くが独立。イギリスの領土は大幅に縮小しました。

同時に王室はさまざまなスキャンダルに見舞われました。だが女王は見事な手腕で危機を乗り越え、名君とみなされました。

筆者は昨年、女王の夫であるエディンバラ公爵フィリップ殿下の死去に際して次のように書きました。

英国王室の存在意義の一つは、それが観光の目玉だから、という正鵠を射た説がある。世界の注目を集め、実際に世界中から観光客を呼び込むほどの魅力を持つ英王室は、いわばイギリスのディズニーランドだ。

おとぎの国には女王を含めて多くの人気キャラクターがいて、そこで起こる出来事は世界のトピックになる。むろんメンバーの死も例外ではない。エディンバラ公フィリップ殿下の死がそうであるように。

最大のスターである女王は妻であり母であり祖母であり曾祖母である。彼女は4人の子供のうち3人が離婚する悲しみを経験し、元嫁のダイアナ妃の壮絶な死に目にも遭った。ごく最近では孫のハリー王子の妻、メーガン妃の王室批判にもさらされた。

英王室は明と暗の錯綜したさまざまな話題を提供して、イギリスのみならず世界の関心をひきつける。朗報やスキャンダルの主役はほとんどの場合若い王室メンバーとその周辺の人々だ。だが醜聞の骨を拾うのはほぼ決まって女王だ。

そして彼女はおおむね常にうまく責任を果たす。時には毎年末のクリスマス演説で一年の全ての不始末をチャラにしてしまう芸当も見せる。たとえば1992年の有名なAnnus horribilis(恐ろしい一年)演説がその典型だ。

92年には女王の住居ウインザー城の火事のほかに、次男のアンドルー王子が妻と別居。娘のアン王女が離婚。ダイアナ妃による夫チャールズ皇太子の不倫暴露本の出版。嫁のサラ・ファーガソンのトップレス写真流出。また年末にはチャールズ皇太子とダイアナ妃の別居も明らかになった。

女王はそれらの醜聞や不幸話を「Annus horribilis」、と知る人ぞ知るラテン語に乗せてエレガントに語り、それは一般に拡散して人々が全てを水に流す素地を作った。女王はそうやって見事に危機を乗り切った。

女王は政治言語や帝王学に基づく原理原則の所為に長けていて、先に触れたように沈黙にも近いわずかな言葉で語り、説明し、遠まわしに許しを請うなどして、危機を回避してきた。

英王室の人気の秘密のひとつだ。

危機を脱する彼女の手法はいつも直截で且つ巧妙である。女王が英王室が存続するのに必要な国民の支持を取り付け続けることができたのは、その卓越した政治手腕に拠るところが大きい。

女王の潔癖と誠実な人柄は―個人的な感想だが―明仁上皇を彷彿とさせる。女王と平成の明仁天皇は、それぞれが国民に慕われる「人格」を有することによって愛され、信頼され、結果うまく統治した。

両国の次代の統治者がそうなるかどうかは、彼らの「人格」とその顕現のたたずまい次第であるのはいうまでもない。

自国民の大多数に愛され、世界の人々にも敬仰されたエリザベス女王を憎む人々もいます。一部の英国人と、かつてイギリスに侵略され植民地にされた多くの国々の国民です。

エリザベス女王は英国の植民地主義には関わりませんでした。また憲法上君主は象徴に過ぎない。従ってエリザベス女王に植民地搾取の責任はなかった、という主張もできます。

だが彼女の地位は植民地主義で潤った英国の過去と深く結びついています。反王室派や元植民地の英連邦の人々は、そのことを理由に女王に強く反発しました。彼らにとって女王は抑圧の象徴でもあったのです。

それは理解できることです。帝国主義時代を経た英国の君主である以上、例え彼女自身は直接植民地経営に携わっていなくても、国の責任から自由でいることはできません。

エリザベス女王は恐らくそのことを熟知していました。だが過去について謝ることはほとんどありませんでした。彼女が謝罪しなかったのは、英国が戦勝国だった事実も大きい。

戦勝国である英国は、ドイツ、イタリア、日本などとは違って彼らの過去の行為を謝る必要はありませんでした。戦争は言うまでもなく植民地経営についても。

英国は連合国を主導して、日独伊という独裁国家群の悪を殲滅しました。それでなければ世界は、今この時もナチズムとファシズムと軍国主義に支配された暗黒の歴史を刻んでいた可能性が高い。

英国にとっては過去は謝るどころか、むしろ誇るべきものとなりました。その過去には第2次大戦のみならず、戦争以前の植民地主義時代も含まれました。

ところで過去を謝罪しない点を除けば―前出のブログ記事の如く―エリザベス女王はその人間力において平成の天皇によく似ています。

女王の篤実で穏やか且つ真摯な人柄は明仁上皇のそれと瓜二つです。だが2人の政治的立場には大きな違いがあります。

敗戦国日本の君主である平成の天皇は、歴史に鑑みての義務感と倫理また罪悪感から、日本が戦時に犯した罪を償うべきと考えそのように行動しました。

彼は折に触れて過去の過ちを謝罪し、戦地を巡ってひたすら頭を下げ続けました。その行為はかつて日本を恨んでいた人々の心をほぐしました。

同時に平成の天皇の行為と哲学は、過去の誤謬を知らずにいた多くの日本人の中にも道徳心を植えつけ良心を覚醒させました。

エリザベス女王もおそらく心情的には平成の天皇と同じ立場でした。だが彼女は既述の戦勝国イギリスの国王という立場上、平成の天皇と同じアクションは取れませんでした。

また英国が、ナチズムとファシズムと軍国主義を殲滅して民主主義を守った過去を有する以上、過去を否定して謝罪に回ることはあり得なかったのです。

その意味では彼女は、植民地主義の負の遺産という闇を抱えたまま死去しました。一方の平成の天皇は、日本の誠心を世界に示して薄明を点し、その上で退位しました。

日本は平成の天皇が点した薄明を守り大きな明かりへと成長させなければなりません。

象徴である天皇が政治に関わらない、というのは建前であり原則論です。天皇はそこにある限り常に政治的存在です。

政治家がそれを政治的に利用するという意味でも、また天皇が好むと好まざるにかかわらず、政治の衣をがんじがらめに着装させられているという意味でも。

天皇は政治に口を出してはならないが、口を出してはならないという建前も含めた彼の存在が、全き政治的存在です。

令和の天皇はそのことを常に意識して行動し発言をすることが望まれます。退位した平成の天皇、明仁上皇がそうであったように。

それはエリザベス女王の治世を引き継いだ英チャールズ国王が、旧植民地の人々に対する謝罪も視野に入れた抜本的なアクションを起こすのかどうか、と同じ程度の重要課題と考えます。

 

 

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ダイコン役者ではなくダイコン演出家が罪作りである

NHKの朝ドラ「ちむどんどん」の役者がつまらないなら、それは演出がダイコンでありプロデュサーがボケだからです。

役者の力量は役者自身の責任です。役者はそれを背負って出演依頼の声がかかるのを待ちます。あるいは出演審査のオーディションに向かいます。

役者の力量は目に見えています。それを見抜けないのがダイコン演出家です。

役者の力量を見抜けない彼は、撮影現場では役者の拙い演技に気づかず従ってアドバイスもダメ出しもできません。

むろん彼は役者のオーバーアクション(演技過剰)も制御できない。そうやって例えば「ちむどんどん」では“にーにー”の大げさなクサい芝居が次々に繰り出されます。

役者がオーバーアクションをするのは、つまり彼が役者だからです。彼には役者の素質があるのです(素人には過剰演技はできない。過剰演技どころか固まって何もできないのが素人です)。だからその役者は撮影現場まで進出できたのです。

役者をコントロールするのが演出です。この場合のコントロールとは、もちろん役者を縛ることではありません。演出の意図に合うように彼らを誘導することです。

役者は台本を読み、演出家と打ち合わせをして、必ず演出の意図に合う芝居を心がけています(大物役者が演出を無視して勝手に動く問題はまた別の議論です)。

だが役者は独立した一個の個性ですから、彼の個性で台本を解釈し演出の意図を読み取り表現しようとします。

演出家は役者の表現が自らの感性に合致しているかどうかを判断してOKを出します。あるいはダメ出しをします。実に単純明快な構図です。

ダイコン演出家は自らの意図が何であるかが分からない。だからコンテンツが乱れ、混乱します。そうやって下手なドラマが完成していきます。

「ちむどんどん」の不出来の責任は全て、脚本の下手を見抜けず役者を誘導できない演出の責任です。その演出家を選んだプロデュサーの責任も重い。

だが最大最悪の罪は、脚本を把握し、役者を手中に置き、現場の一切を仕切る演出(監督)にあります。

もう一度言います。ドラマがすべりまくるのは役者が下手なのではなく、演出家がダイコンだからです。

ダイコン演出家の手にかかると脚本も役者もそしてドラマそのものも「大ダイコン」にすべりまくります。

一方で演出は、ドラマが成功すれば、脚本の充実も役者の輝きも全て彼の力量故、という評価を得ます。

演出とはそんな具合に怖い、且つ痛快な仕事です。

だから視聴者は役者ではなく、「痛快」を楽しむことができるのにそうしない(できない)演出家を罵倒するほうが公平、というものです。

 

 

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英国解体のシナリオの信憑性

エリザベス女王の訃報に接して、筆者の思いは連想ゲームふうに次々に動いています。

もしかするとそれをきっかけに英国の真の解体が始まるかも、とも考えたりしています。

英国の民主主義と立憲君主制はゆるぎないものです。

女王の死に続いたチャールズ新国王の議会演説を聞けばそれは明らかです。

民主主義大国の核心である英国議会では、リズ・トラス首相が就任演説をして新政権が船出しました。

それらの全ては英国の民主主義の堅牢を明示しています。

でもそれは英国を構成する4か国、即ちイングランド、スコットランド、ウエールズ、北アイルランドの結束を意味しません。

結束どころか、英連合王国内の絆は同国のEU(欧州連合)離脱、即ちBexitを境に軋みっぱなしです。

なぜならスコットランドが英国から独立してEU参加を模索し、北アイルランドもそれに倣おうとしています。

Brexitを主導したジョンソン前首相は、退陣したものの早くも復活を目指して画策を開始したとも見られています。

英国民の分断を糧に政治目標を達成し続けたトランプ主義者のジョンソン氏は、自らの栄達のためなら英国自体の解体さえ受け入れる類いの男に見えます。

筆者は2019年、

“英連合王国はもしかすると、Brexitを機に分裂解体へと向かい、ジョンソン首相は英連合王国を崩壊させた同国最後の総理大臣、として歴史に名を刻まれるかもしれない”

書きました

英国は未だにBrexit後の少しの混乱の中にあります。だが、一見すると前途は安泰のように見えます。

それでも筆者は、少しの希望的観測も込めて、英国解体の可能性はかつてなく高い、と考えています。

新国王のチャールズ3世は、日本の現天皇と同様にこれから彼の真価を国民に評価してもらう立場です。人間力が試されます。

彼が国民に受け入れられるかどうかは未知数です。皇太子時代のチャールズ3世は、必ずしも国民に愛されているとは言えませんでした。

英国に関しては、例えチャールズ国王が母女王のレガシーを受け継いでも、スコットランドと北アイルランドの不満が解消されない限り同国解体の可能性は消えません。

エリザベス女王治世時にあった懸念が、チャールズ3世時代にはたちまち消えて無くなると考えるのは理にかないません。

筆者は先刻、《希望的観測》と記したように個人的に英国解体を密かに願っています。

理由はこうです:

英連合王国が崩壊した暁には、独立したスコットランドと北アイルランドがEUに加盟する可能性が高い。2国の参加はEUの体制強化につながります。

世界の民主主義にとっては、EU外に去った英国の安定よりも、EUそのもののの結束と強化の方がはるかに重要です。

トランプ統治時代、アメリカは民主主義に逆行するような政策や外交や言動に終始しました。横暴なトランプ主義勢力に対抗できたのは、辛うじてEUだけでした。

EUはロシアと中国の圧力を押し返しながら、トランプ主義の暴政にも立ち向かいました。そうやってEUは、多くの問題を内包しながらも世界の民主主義の番人たり得ることを証明しました。

そのEUはBrexitによって弱体化しました。EUの削弱は、それ自体の存続や世界の民主主義にとって大きな負の要因です。

英連合王国が瓦解してスコットランドと北アイルランドEUに加盟すれば、EUはより強くなって中国とロシアに対抗し、将来生まれるかもしれない米トランプ主義政権をけん制する力であり続けることができます。

英国の解体は、ブレグジットとは逆にEUにとっても世界にとっても、大いに慶賀するべき未来です。

 

 

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多様性のふところ

ファシスト気質

イタリアでは来たる9月25日に総選挙が行われて、極右政党が主導する政権が樹立される見通しです。主導するのはファシスト等の流れを汲む「イタリアの同胞」。

ファシストが政権党、と聞けば以前なら思わずぎょっとするところですが、ファシスト気質のトランプ氏が2017年にアメリカ大統領に就任して以降は、どうということもなくなりました。

世界にはファシスト気質の政治家や政権が溢れています。トランプ前大統領に心酔する英ジョンソン首相とブレグジッド派勢力、フランスのルペン国民連合党首、ボルソナロ大統領ほかの南米またアジア・アフリカの指導者、などなど。日本の安倍元首相と周辺勢力もそこに親和的です。

それらの政治家や政治勢力は、強権的という意味でプーチン大統領や習近平国家主席、また金正恩総書記などにも似ています。彼らのうちの多くは実際にお互いに友誼を結んでいる関係でもあります。

慣れの功罪

伊総選挙後の首相就任がほぼ確実視されているイタリアの同胞のジョルジャ・メローニ党首は、いま述べた世界のファシスト気質の政治家の中でも最もファシストに近い指導者です。

だが彼女は、ファシストどころか極右と呼ばれることも嫌い、自らが率いるイタリアの同胞をかつてのファシスト党のイメージから遠ざける努力を続けてきました。

それは半ば成功し半ば失敗していると言えます。イタリアの同胞を支持率トップに引き上げたことが成功であり、彼女が未だに「ファシストと完全に決別する」と高らかに宣言できないところが失敗です。

それでも彼女が政権を握ることは、かつてそうであったほどの脅威にはなりません。イタリアを含む世界は既述のファシス的性向の指導者や政権に慣れて来ています。

慣れは油断につながり、権力の暴走を許す可能性があります。同時に、対抗政治勢力と国民が、それら危険な権力への対処法を学ぶ過程にもなります。

2022年現在、世界は剣呑な権力の抑制に成功しています。なぜならトランプ政権は否定され、ブレグジッドを主導したジョンソン首相も退陣します。フランスのルペン氏は大統領選で敗れました。

またブラジルのボルソナロ大統領の勢いは削がれ、日本では安倍元首相が銃弾に斃れて政治の表舞台から去りました。むろんそれは偶然の出来事です。だが歴史の大きなうねりは得てして偶然に見える必然も生み出します。

極左と極右は同じ穴のムジナ

イタリアでは2018年、極左と極右と定義されることも多い「五つ星運動」と「同盟」が政権を樹立する事態になりました。それは欧州を震撼させましたが、イタリア共和国は2党がかねてから主張する脱EUには向かいませんでした。

ポピュリスト政権は、EUの意向に反してバラマキ政策を敢行しました。と同時にEUとの共存の道も模索し続けました。やがて同盟が離反すると、 五つ星運動はEUと親和的な民主党と連立を組み直して、政権はより穏健になりました。

そして今回、正真正銘の極右政党イタリアの同胞が議会第1党になる可能性が出てきました。

それが他の主要民主主義国で起これば一大事ですが―そしてむろんイタリアでも強く懸念されてはいますが―この国の核を成している多様性が担保して、極右は強硬保守へと骨抜きにされるでしょう。

イタリアでは政治制度として、対抗権力のバランスが最優先され憲法で保障されています。そのため権力が一箇所に集中しない、あるいはしにくい。

その制度は、かつてファシスト党とムッソリーニに権力が集中した苦い体験から導き出されたものです。

それは同時に政治混乱を次々にもたらしますが、たとえ極左や極右が政権を担っても、彼らの思惑通りには事が運ばれない、という効果も生みます。

過激勢力が一党で過半数を握れば危険ですが、イタリアではそれはほとんど起こりえない。再び政治制度が単独政党の突出を抑える力を持つからです。

多様性が極論を抑える

イタリアが過激論者に乗っ取られにくいのは、いま触れた政治制度そのものの効用のほかに、イタリア社会がかつての都市国家メンタリティーを強く残しながら存在しているのが理由です。

都市国家メンタリティーとは、換言すれば多様性の尊重ということです。

イタリア共和国は精神的にもまた実態も、かつての自由都市国家の集合体です。

そして各都市国家はそれぞれの存在を尊重し、盛り立てつつ、常にライバルとして覇を競う存在でもあります。そこに強い多様性が生まれます。

多様性にはカオスに似た殷賑が付き物です。

都市国家メンタリティーが担保する多様性重視の社会では、誰もが自説を曲げずに独自の道を行こうと頑張る結果、カラフルで雑多な行動様式と、あっとおどろくような 独創的なアイデアがそこらじゅうにあふれます。

多様性を重視するイタリア社会は、平時においては極めて美しく頼もしくさえあります。だがそれには、前述のカオスにも似た殷賑が付いて回ります。

多様性を否定したい人々はそこを重視します。多様性に伴う殷賑あるいはカオスを、アナーキズムと曲解して多様性を指弾したりもします。

言うまでもなく彼らは間違っています。彼らは千差万別、多彩、人それぞれ、 百人百様、十人十色、 多種多様、、蓼食う虫も好き好き 、など、など、人の寛容と友誼と共存意識の源となる美しいコンセプトを理解しません。

多様性というのはあくまでも絶対善です。絶対とはこの場合「完璧」という意味ではなく、欠点もありながら、しかし、あくまでも善であるという意味です。例えば民主主義と同じです。

多様性と民主主義

民主主義はさまざまな問題を内包しながらも、われわれが「今のところ」それに勝る政治体系や構造や仕組みや哲学を知らない、という意味で最善の政治体制です。

また民主主義は、より良い民主主義の在り方を求めて人々が試行錯誤を続けることを受容する、という意味でもやはり最善の政治システムです。

言葉を変えれば、理想の在り方を目指して永遠に自己改革をしていく政体こそが民主主義、とも言えます。

多様性も同じです。飽きることなく「違うことの良さ」を追求し歓迎し認容することが、即ち多様性です。多様性を尊重すればカオスにも似た殷賑が生まれます。だがそれはそのカオスは多様性を否定しなければならないほどの混乱悪ではありません。

なぜならそれは、多様性が内包するところの疑似カオス、つまり前述の「個性が思い思いに息づく殷賑」に過ぎないからです。再び言葉を変えて言えば、カオス風の賑わいがない多様性はありません。

多様性の対義概念は幾つかあります。全体主義、絶対論、専制主義、統制経済、侵略主義、軍国主義、民族主義、選民主義、チキンゲーム、干渉主義、デスポティズムetc。日本社会に特有の画一主義または大勢順応主義などもその典型です。

筆者はネトウヨ・ヘイト系排外差別主義と極端な保守主義、またそれを無意識のうちに遂行している人々も、多様性の対極にあると考えています。

なぜならそれらの人々には、彼らのみが正義で他は全て悪と見做す視野狭窄の性癖があります。つまり彼らは極論者であり過激派です。むろんその意味では左派の極論者も同じ穴のムジナです。

多様性は敵も抱擁する

だが多様性を信奉する立場の者は、彼らを排除したりはしません。 ネトウヨ・ヘイト系排外差別主義や極右は危険ですが、同時にそれは多様性の一環でもある、と考えるのです。

多様性の精神は、「それらの人々のおかげで、寛容や友愛や共存や思いやりや友誼、つまり“多様性”がいかに大切なものであるかが、さらに良く分かる」と捉えて、彼らはむしろ“必要悪”であるとさえ結論付けます。

例えば政治危機のような非常時には、平時の心構えが大きく作用します。つまり、多様性のある社会では、政治が一方に偏り過ぎるときは、多様性自体が画一主義に陥り全体主義に走ろうとする力を抑える働きをします。

一方でネトネトウヨ・ヘイト系排外差別主義がはびこる世界では、その力が働きません。それどころか彼らの平時の在り方が一気に加速して、ヘイトと不寛容と差別が横行する社会が出現してしまいます。

ここイタリアには、冒頭で触れたように、来たる総選挙を経てほぼ確実に極右政党が主導権を握る政権が誕生すると見られています。

その政権には保守主義を逸脱して、ファシズムへ傾こうとするモメンタムが働くことが十分に予想されます。

だがイタリア社会に息づく多様性の精神が、危険なその動きにブレーキを掛ける可能性が非常に高い。

そうは考えられるものの、しかし、油断大敵であることは言うまでもありません。

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「ちむどんどん」はド~ンと悲しい

NHKの朝のテレビ小説「ちむどんどん」をロンドン発のペイTVで見ています。

ドラマとしては突っ込みどころ満載の欠陥作品と言って良い。え?と思わず目や耳を疑うシーンや展開が多い。

ひっかかる小疵が多すぎるばかりではなく、致命的と呼んでもいい欠点も幾つかあります。

なんといっても主人公、暢子の兄であるニーニーの人物像がひどい。バカのように描かれていますが、彼は実はバカではありません。

ドラマで描かれるバカは、演出が確かならバカなりに視聴者はその存在を信じることができます。ところがそこで描かれているニーニーは、存在自体が信じられない。

あり得ない人物像だから彼はバカでさえないのです。

ニーニーは「男はつらいよ」の寅さんのパロディーでもあります。しかし完全に空回りしていて目を覆いたくなるほどの不出来なキャラクターです。

脚本の杜撰と演出の未熟が負の相乗効果となって、見ている者が恥ずかしくなるようなつらいシーンがこれでもかとばかりに繰り返されます。その展開を許しているプロデューサーの罪も重い。

パロディーはコメディーと同様に作る側は決して笑ってはなりません。作る側が面白がる作品は必ずコケます。

「ちむどんどん」の演出は脚本の軽薄を踏襲して、「どうだニーニーは寅さんみたいな愉快な男だろう、皆笑え」と独り合点で面白がり盛り上がっています。

ニーニーは演出家と等身大の人間ではなく、劇中のつまり架空のアホーな存在に過ぎない。そのように描くから面白い。だから皆笑え、というわけです。

だが劇中でバカを描くなら、演出家自らもバカになって真剣にバカを描かなければ視聴者は納得しません。

「ちむどんどん」では演出家はニーニーより賢い存在で、バカなニーニーを視聴者とともに笑い飛ばそうと企てています。

換言すると演出家はニーニーを愛していないし尊敬もしていない。人間的に自分より下のバカな存在だと見なして、そのバカを上から目線で笑おうとしているだけです。

だから人間としてのニーニーに魂が入らず、作りものの嘘っぱちなキャラクターであり続けています。

怖いことに演出家の姑息な意図はダイレクトに視聴者に伝わります。

視聴者は笑わない。しらける。ニーニーの実存が信じられない。当たり前です。演出家自身が信じていないキャラクターを視聴者が信じられるわけがありません。

「ちむどんどん」の最大の瑕疵は、しかし、実存し得ないニーニーの存在の疎ましさではありません。

沖縄から上京した主人公の暢子が、いつまで経っても沖縄訛りの言葉を話し続けるという設定が最大の錯誤です。

沖縄本島のド田舎、北部の山原で生まれ育った暢子は、料理人になるために東京・銀座のイタリアレストランに就職します。

ところが暢子は、厨房のみならずフロアにも出て客と接触し、言葉使いも厳しくチェックされる環境にいながら、いつまで経っても重い沖縄訛りの言葉を話し続けます。

沖縄の本土復帰50周年を記念するドラマであり、沖縄を殊更に強調する筋立てですから、敢えて主人公に沖縄訛りの言葉をしゃべらせているのでしょう。

だがそれはあり得ない現実です。日本社会は、東京に出た地方出身者が堂々と田舎言葉で押し通せるほど差別のないユートピアではありません。

例えばここイタリアなら、各地方が互いの独自性を誇り、尊重し合うことが当たり前ですから、人々は生まれ育った故郷の訛りや方言をいつでもどこでも堂々と披露しあいます。

お国言葉を隠して、標準イタリア語の発祥地とされるフィレンツェ地方の訛りや、都会のローマあるいはミラノなどのイントネーションに替えようなどとは、誰も夢にも思いません。

多様性と個性と独自性を何よりも重視するのがイタリア社会です。一方日本は、その対極にある画一主義社会でありムラ共同体です。異端の田舎言葉は排斥されます。

地方出身者の誰もが堂々とお国言葉を話せるならば、日本社会はもっと風通しの良い気楽な場所になっていたことでしょう。

だが実際には地方出身の人間は、田舎言葉を恥じ、それに劣等感を感じつつ生きることを余儀なくされます。なるべく早く田舎訛りを直し、或いは秘匿して共通語で話すことを強いられます。

共通語で話せ、と実際に誰かに言われなくても、田舎者はそうするように無言の、そして強力な同調圧力をかけられます。

日本には全国に楽しい、美しい、愛すべき田舎言葉があふれています。しかし一旦東京に出ると、田舎言葉は貶められ、バカにされ、否定されます。

多様性と個性と‘違い’が尊重されるどころか、軽侮されるのが当たり前の全体主義社会が日本です。言わずと知れた日本国最大最強の泣き所のひとつです。

そんな重大な日本社会の問題を無視し、あるいは独りよがりに暢子は問題を超越しているとでも決めつけているのか、彼女がいつまでも地方言葉を話し続けるのは、手ひどい現実の歪曲です。

その設定は、ニーニーの杜撰な人物造形法のさらに上を行くほどの巨大な過失、とさえ筆者の目には映ります。

 

 

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シチリア島に見るアラブ・イスラムの息吹

イタリアのシチリア島は1860年、ガリバルディ率いる千人隊によって統一イタリア王国に併合されるまでの2千年余り、列強に支配されました。

支配者の名を時系列に並べると紀元前のギリシャに始まり、ローマ帝国、ビザンツ、アラブ、ノルマン、フランス、スペイン等々です。

このうちアラブ支配期を除けば― ビザンツに少しの議論の余地があるかもしれませんが― 支配者は全てが欧州の強国や大国でした。

つまりシチリア島はれっきとしたヨーロッパですが、そこに侵入支配し、島を蹂躙したパワーもまたヨーロッパのそれだったのです。

そこに9世紀から11世紀にかけてアラブという異質な力が入り、島を統治しました。シチリア島最大の都市パレルモを筆頭に、同地には今でもその痕跡が残っています。

例えばアラブのモスク風の赤い丸屋根を持つ教会。シチリアに、そしてイタリア全土に“数え切れないほど”多くある「西洋風」の教会の中にあって、全く異質の雰囲気をかもし出しています。

そのひとつがサン・カタルド教会。3つの赤い丸屋根が放つイスラム風の情緒が鮮烈な印象を与える、アラブ・ノルマン様式の建築物の一つ。パレルモ市中心の広場に、バロック様式の美しいファサードを持つマルトラーナ教会と並んで建って、有名観光スポットの一つになっています。1160年頃に建設されました。

サン・ジョバンニ・デッリ・エレミティ教会


サン・ジョバンニ・デッリ・エレミティ教会の佇まいも琴線に触れます。こちらもモスク風の5つの赤い丸屋根を持っています。もともとは6世紀に作られた修道院。キリスト教の施設が、アラブ人によってモスクに作り変えられた往年の姿を偲んで、19世紀に再現されました。

観光客もあまり訪れないジーザ城のシンプルな佇まいも面白い。ムスリム排斥後のノルマン時代に建てられたアラブ・ノルマン建築の傑作です。外見もそうですが城の構造とコンセプトがすごい。暑いパレルモの風の動きを計算して、城中に涼しい風を呼び込む工夫が縦横に施(成)されています。

海風と山風の通り道を計算して建設場所が決められ、さらに風を取り込むために建築構造が考案されました。その上に噴水の水を建物内の壁に引き込んで循環させる仕組みが隠されています。いわば原始的なクーラーのコンセプトです。

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ジーザ城


クーラーのアイデアは、当時の進んだアラブの技術をノルマン人が取り込んだのではないかと思います。1787年にここを訪れたゲーテは、建物の美と機能に感嘆して、「北国には向かないかもしれないが南国の気候には最適の構造だ」という趣旨の文章を書き残しています。

アラブはスペインも支配しました。支配地域や権力の変遷はあったものの、紀元711年に始まり、1492年にナスル朝グラナダ王国が滅亡するまでの約800年間、アラブはイベリア半島を席巻しました。そこではアラブ支配の痕跡は珍しくありません。珍しいどころか、特に支配期間が長かったアンダルシア州などでは、むしろ普通の光景です。

アラブのシチリア支配はスペインより1世紀余り遅れました。紀元827年に始まり1061年までの200余年に過ぎません。従ってアラブの痕跡は。スペインのアンダルシアなどに比較するとはるかに薄い。しかし、数少ない彼らの足跡はやはり鮮やかです。

実をいうと、アラブ支配時代の「オリジナル」の建物や建造物は、シチリアにはほとんどありません。前述の2教会やジーザ城も、アラブの後にシチリアを制したノルマン王朝が、イスラム文明の優れたものを模造したり再建したり修復したために、今日にまで残る道筋ができたのです。

シチリア島を支配していた当時のアラブ世界は、数学や天文学や医学、薬学、化学、また灌漑技術などもヨーロッパより進んでいました。アラブ人は彼らの進んだ技術や学問や優れた建築・芸術様式などをシチリア島に持ち込みました。その中でも特に灌漑技術はシチリアの農業を飛躍的に発展させました。
 
島の名産物の代名詞であるオレンジやみかんなどの柑橘類もアラブ人がもたらしたものです。さらに彼らは、サトウキビ、綿花、ピスタキオ、メロン、薬草、ナツメヤシなども初めてシチリア島に導入しました。養蚕と桑の栽培も彼らが始めて、絹織物の生産が盛んになりました。

アイスクリームの原型とされるシャーベットもアラブ人がもたらした、という説さえあります。

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エトナ山


彼らは島にあるヨーロッパ最大の火山、標高約3330メートルのエトナ山頂の雪を利用して夏もシャーベットを作り、それはやがて発祥地がナポリともフィレンツェとも言われるアイスクリームへと形を変えていった、というものです。

シャーベットとアイスクリームは別物だと思いますが、夏の暑い盛りに冷たいものを食べたい、という人々の欲望に応えた技術の開発という意味では、アラブのかつての進んだ文明を思い起こすにふさわしいエピソードのようにも見えます。
 
アラブの優れた文物が、シチリアにもたらされた歴史をしっかりと認識している島の人々は、「アラブはシチリアの一部だよ」とまで断言して、アラブ・イスラム文化を讃えます。
 
欧州ではイスラム過激派のテロなどが頻発して人々を震撼させてきました。テロは目立たなくなりましたが、その芽が摘まれたわけではなく、欧州は依然としてひそかに厳戒態勢を敷いています。欧州のいわゆるイスラムフォビア(嫌悪)の感情は少しも弱まっていません。

そんな中で、アラブ・イスラムを自らの一部とまでとらえて賞賛するシチリアの人々の正直と、懐の深さが筆者は好きです。

彼らは歴史を直視することで「テロリストと一般のイスラム教徒を混同してはならない」という当たり前の原則をやすやすと実践し、泰然として揺るがないように筆者の目には映ります。

 

 

 

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極右政権が誕生しそうなイタリア~多様性がそれを懐柔して保守に変えるか

イタリアでは9月25日の投票に向けて激しい選挙戦が展開されています。

世論調査によれば、右派連合が過半数を制して政権樹立を目指す見込み。

右派連合は極右の「イタリアの同胞」と「同盟」、中道右派を自称する「フォルツァ・イタリア」の3党が中心。

このうちファシスト党の流れをくむ正真正銘の極右政党「イタリアの同胞」は、左派で政権与党の民主党をわずかながら抑えて、世論調査で支持率トップを維持しています。

それはつまり右派連合が勝った場合、イタリアの同胞のジョルジャ・メローニ 党首がイタリア初の女性宰相になることを意味します。

女性か否かはさておき、極右のイタリア首相の誕生は、EUを筆頭にする世界を震撼させそうです。ところが実際には、人々は成り行きを冷静に観察しているように見えます。

それはおそらく反EUを標榜してきたメローニ党首が、その矛先を収めてEUとの共存を示唆し、ウクライナ危機に関してはロシアを否定して、明確にウクライナ支持を表明していることにもよります。

その一方で彼女の盟友のサルビーニ同盟党首とフォルツァ・イタリア党首のベルルスコーニ元首相は、ロシアのプーチン大統領との友誼に引きずられて曖昧な態度でいます。

彼らのスタンスは、ウクライナ支持で結束しているEU各国の不信を招いています。おそらくその反動もあって、メローニ党首の立ち位置が好ましくさえ見えているのでしょう。

またイタリアはEUから巨額のコロナ復興支援金を受け取ることが決まっています。

メローニ首相が誕生した場合、彼女は復興支援金を滞りなく受け取るためにも、より一層反EUのスタンスを封じ込めて、EUと協力する道を選ぶことが確実と見られています。

EUをはじめとする世界の見方はおそらく半ば以上正鵠を射ています。

そのことは2018年、議会第1党になった極左の「五つ星運動」が反EUの看板を下ろして、割と「まともな」政権与党に変貌していった経緯からも読み取ることができます。

極右のイタリアの同胞もほぼ間違いなく同じ道をたどると考えられます。3党の連立政権であることもそれに資することでしょう。

が、同時に– 五つ星運動が極左の本性もさらけ出しにしたように–彼らが主張する反移民、排外差別主義者の正体もむき出しにするに違いありません。

政治的感覚の優れたメローニ党首は、自らが主導するファシストの流れを汲むイタリアの同胞を、かつてのムッソリーニ派につながるイメージから引き離す努力を続けてきました。

それはフランスの極右、国民連合のルペン党首が、反移民・排外差別主義的なこわ持ての主張を秘匿してソフト路線で選挙を戦う、いわゆる「脱悪魔化」と呼ばれる手法と同じです。

メローニ党首は極右と呼ばれることを嫌い、ファシストと親和的と見なされることを忌諱します。だが同時に彼女は、ファシズムと完全に手を切る、とは決して宣言しません。

なぜか。言うまでもなく彼女がいわゆるネオファシスト的な政治家だからです。

ネオファシストは、反移民、ナショナリズム、排外人種差別主義、白人至上主義、ナチズム、極右思想、反民主主義などを標榜します。

メロ-ニ党首は明らかにそれらに酷似した主義、思想をまとって政治活動をしています。このうち反移民の立場は進んで明らかにしますが、他の主義主張は時として秘匿したり曖昧にしたりします。

それは彼女が、ファシズムの過去の失態と国民のファシズムアレルギーを熟知しているからです。ネオファシスト的な色彩を秘匿し曖昧にすることが、いわゆる彼女の「脱悪魔化」なのです。

イタリアのファシストはファシストを知らなかったが、ジョルジャ・メローニ党首はファシストを知っています。これは大きな利点です。彼女が過去に鑑みて、ファシズム的な横暴を避けようとするかもしれないからです。

だが同時に、彼女がファシズムの失敗を研究し尽くした上で、より狡猾な方法でファシズムの悪を実践しようとするかもしれない、という懸念もむろんあります。

なにはともあれ、今このときのイタリアの世論は、右派連合の政権奪還を容認し、メローニ党首の首相就任を「受身」な形ながらも是認しているように見えます。

それはイタリア国民が2018年の総選挙で、極左の五つ星運動の躍進を容受したいきさつと同じです。

今この時のイタリア国民の大半は、バラマキに固執する左派の政策にうんざりしていて、そこに明確に反対する右派に期待を寄せていると考えられます。

実は右派もまたバラマキと変わらない政策綱領も発表しています。だがそれは左派の主張より目立たない形での提案なので、国民は大目に見ているというふうです。

ネオファシスト的体質の、将来のメローニ首相は、ファシストではなく“保守主義者”として自らをアピールしまた政策を推進しようとするでしょう。

ファシズムを容認するイタリア国民は皆無に等しい。だから将来のメローニ首相は、国民の気分に合わせるスタンスで政権を運営すると思います。

彼女を批判する場合の最も強い言葉は、例えば保守強硬派、強権主義、保守反動などとなり、ファシストという言葉は使われないし、使えなくなるに違いありません。

ファシズムという言葉がそれだけ侮辱的で危険なものだからです。そして、繰り返しになりますが、ファシスト色を帯びた彼女の正体は、彼女自身も認めることをためらう程の悪であるからです。

そしてその躊躇する心理が、彼女のファシズム的な体質を矯正し、政策をより中道寄りに引き戻して危険を回避する効果があると考えられます。

その傾向はイタリアではより一層鮮明になります。

政治勢力が四分五裂して存在するイタリアでは、極論者や過激派が生まれやすい。

ところがそれらの極論者や過激派は、多くの対抗勢力を取り込もうとして、より過激に走るのではなくより穏健になる傾向が強い。

そこには自由都市国家が乱立して覇を競ったイタリアの歴史が大きく関わっています。分裂国家イタリアの強さの核心は多様性なのです。

イタリア共和国には、都市国家群の多様性が今も息づいています。そのため極論者も過激思想家も跋扈しますが、彼らも心底では多様性を重んじるため、先鋭よりも穏便に傾斜します。

いわば政治的に過激な将来のメローニ首相も、必ずそういう道を辿るでしょう。それでなければ彼女の政権は、半年も経たないうちに崩壊する可能性が高い。それがイタリアの政治です。

極右体質のメローニ政権が船出する場合の危険と憂鬱は、彼女自身が極右に偏り過ぎることではなく、極右政権を支持する「極右体質の国民」が驕って声を荒げ、暴力的になり民主主義さえ否定しようと動くことです。

右派が政権を奪取すると、小さな地方都市においてさえ暴力の臭いが増して人心が荒む状況になります。それは筆者の住む北イタリアの村でさえ同じです。

信じられない、と思うならばアメリカに目を向ければ良い。

ファシスト気質のトランプ前大統領が権力を握っていた間、アメリカでは暴力的な風潮が強まり人心が荒みました。

右翼の、特に極右のいかんともしがたい不徳は、昔も今もそしてこれからも、言わずと知れた彼らの暴力体質なのです。

それは極左と呼ばれるも勢力も同じであることは言うまでもありません。

 

 

 

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燃える欧州、渇くイタリア

欧州はことしは6月から熱波に見舞われました。

フランスでは6月18日に同時期としては過去最高の42,9度を記録。スペインでも記録的な猛暑が続きました。

フランス、スペイン、ポルトガルではその後も熱波が猛威を振るい火事が相次ぎましだ。

それは昨年のイタリア南部の状況によく似ていました。

イタリアでは昨年熱波で気温が上がりシチリア島ではヨーロッパで過去最高となる48、8℃が観測されました。

それに合わせて山火事も頻発しました。

ことしのイタリアは北部で干ばつが起きた。

冬の間もその後もほとんど雨が降らず川や湖が干上がって農業用水が確保できなくなりました。

大河ポーでさえそこかしこが枯渇し、そこを灌漑のよすがにする広大な農業地帯の作物が枯れ果てました。

イタリア以外の欧州の国々の多くも同じような被害を被っています

そんな中、さらなる驚きがやってきました。

北国のイギリスで7月、気温がついに40℃を超えたのです。

それは昨年イタリア南部で、気温が48、8℃という欧州記録を観測した時と同じくらいの大きなニュースになりました。

北イタリアの干ばつは、8月の雨で一部解消されました。だがそれは各地で集中豪雨となり、それ自体が被害をもたらす結果となりました。まさに異常気象です。

世界の気温は産業革命を機に約1、1度上昇してきました。

増加幅は年々大きくなって、1970年から現在までの気温は過去2000年間でも例のない異様な速度で上がっているとされます

COP(気候変動枠組条約締約国会議) では、今後の世界の気温上昇を、1、5度までに抑える目標が立てられました。だが、各国の欲と思惑と術数が複雑にからんで達成は難しそうです。

パリ協定を離脱した政治的放火魔トランプ前大統領や独裁者のプーチン大統領、ラスボス習近平主席また彼らに追随する世界中の多くの唯我独尊フィクサーが幅を利かせる限り、地球はますます熱を帯びて耐えがたくなっていくのではないでしょうか。

異常気象が続けばそれが当たり前になってもはや異常とは呼べません

年々時節が乱れ気象が迷走するの見て、筆者は大分前から異常が通常になった、と考えそう主張してきました。

おかしな気候ばかりを目の当たりにすると、異常気象という言葉はもはや正しくないようにさえ感じるます

われわれはもしかすると異常が通常になって、通常が異常になる過程を生きているのかもしれない、といぶかったりもします

だがさらによく考えてみると、気象の異常とは支離滅裂ということですから、やはりそれを尋常とは規定できないでしょう。

異常気象はどこまで行っても異常気象なのです

ただわれわれ人間も動物も植物も、要するに自然の全てが、きっと異常気象に順応していきます。

むろんある程度の犠牲や、混乱や、痛みはあるでしょう

でも異常気象に慣れてなんとか生き延びるのです。

歴史はいつもそうやって作られてきました。人も自然も世界も、しぶとい。幸いなことに・・

・・という見方が正しかった、と将来われわれが確認できるようなら万々歳です。

しかし、そうはならない最悪の事態がやって来る可能性も高い。

だからやっぱり今の異常を正常に戻す努力を懸命にしたほうがいいと考えます





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