イタリア「五つ星運動」が「コンテひとり星動」になる?

先日辞任したイタリアのジュゼッペ・コンテ首相が、「五つ星運動」に入党するよう熱心に誘われ、その気になっているようです。

入党と言っても、党を率いてくれるように創始者のベッペ・グリッロ氏と幹部に頼まれたのです。

「五つ星運動」の支持率は低迷しています。一方、彼らの支えで1月まで政権を維持したコンテ前首相の人気は未だ衰えません。

「五つ星運動」はコンテ人気を利用して浮上したい。片やコンテさんにも政治の世界でもう一度脚光を浴びたい気持ちがあるかもしれません。

コンテ前首相は2018年6月、大学の法学教授から突然宰相に抜擢されました。

彼は「」五つ星運動」に担がれ、これを連立相手の「同盟」が受け入れました。「五つ星運動」と「同盟」は、左右のポピュリスト、と称されるように考え方や主張が大きく違います。

加えて両党はどちらも自らの党首を首相に推したい思惑もあり、折り合いがつきませんでした。そこにコンテ氏が出現。

「同盟」は政治素人の彼を組しやすいと見て首相擁立に同意しました。

議会第1党の「五つ星運動」と第2党の「同盟」の妥協で誕生したコンテ首相は、初めのうちこそ2党の操り人形と揶揄されたりしました。しかし、時間と共に頭角をあらわしました。

コンテ首相はバランス感覚に優れ、清濁併せ呑む懐の深さがあり、他者の話をよく聞き偏見がないと評されます。

彼のリーダーシップは、「同盟が連立を離脱したとき、同党のサルビーニ党首を「自分と党の利益しか考えておらず無責任だ」と穏やかに、だが断固とした言葉で糾弾した時に揺るぎ無いものになりました。

そして2020年はじめ、世界最悪と言われたコロナ地獄がイタリアを襲いました。

コンテ首相は持ち前の誠実と優れたコミュニケーション力で国民を励まし、適切なコロナ対策を次々に打ち出して危機を乗り切りました。

するとことし1月、コンテ政権内にいたレンツィ元首相が反乱を起こして倒閣を画策。第3次コンテナ内閣が成立するかと見えましたが、政権交代が起きてドラギ内閣が成立しました。

2018年の政権樹立から2021年1月の政権崩壊まで、「五つ星運動」はコンテ首相を支え続けました。しかし、党自体の勢力は殺がれる一方でした。

「五つ星運動」は政権運営に不慣れな上に内部分裂を続けました。ディマイオ党首が辞任するなどの混乱も抱えました。

そこにコンテ首相の辞任、ドラギ新内閣の成立と、「五つ星運動」にとってのさらなる危機が重なりました。

そうした情勢を挽回する思惑もあって、「五つ星運動」の生みの親グリッロ氏は、コンテ前首相に党首かそれに匹敵する肩書きで同党を率いるように要請しました。

コンテ前首相が「五つ星運動」のトップになれば、彼自身の政治家としてのキャリアと「五つ星運動」の党勢が大きく伸びるかもしれません。

逆に情勢によっては両者が失速して政界の藻屑となる可能性も高い。

「ほぼ革命に近い変革」を求める「五つ星運動」を、その気概を維持したまま「普通の政党」に変えられるかどうかがコンテ前首相の課題です。

「五つ星運動」は2018年の選挙キャンペーン以来、先鋭的な主張を修正して穏健な道を歩もうとしています。EU懐疑主義も捨てて、ほとんど親EUの政党に変貌しつつあります。

「五つ星運動」はコンテ政権と引き換えに誕生したドラギ内閣を信任しました。それは彼らが、彼らの言う「体制寄り」に大きく舵を切ったことを意味します。それが原因で同党はさらに混乱し造反者も出ました。

そうやって「五つ星運動」はまた分裂し党勢もますます殺がれました。落ち目の彼らの希望の星がコンテ前首相なのです。

穏健になり過ぎれば、彼らが攻撃の的にしてきたイタリアの全ての既成勢力と同じになる。一方で今のまま先鋭的な主張を続ければ党は生き残れない。

「五つ星運動」は特に経済政策で荒唐無稽な姿をさらしますが、弱者に寄り添う姿勢の延長で、特権にどっぷりと浸っている国会議員の給与や年金を削る、とする良策も推進しています。

またベルルスコーニ元首相に代表される腐敗政治家や政党を厳しく断罪することも忘れません。2018年6月の連立政権発足にあたっては、連立相手の「同盟」にベルルスコーニ氏を排除しろ、と迫って決して譲りませんでした。

コンテ前首相は、五つ星運動のトップに就任した場合、同党の過激あるいは先鋭的な体質を、いかに穏やかな且つ既成の政治勢力とは違うものに作り変えるか、という全く易しくない使命を帯びることになります。


 

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数字で見るイタリアコロナ地獄の1年

昨年の今頃のイタリアは厳しかった:

コロナ地獄が始まって、恐怖の絶頂にはまだ至らないが、不安と暗鬼と疑心があたりに充満しつつありました。

マスク姿のイタリア人がひどく鬱陶しく見えたことを覚えています。

それは間もなくごく当たり前の光景になりました。

2021年3月1日現在の新型コロナ状況を数字で確認しておくと:

感染者累計:293万8千371人

死者:9万7千945人(米、ブラジル、メキシコ、インド、イギリスに次いで世界6番目。なおイタリアの後には、フランス、ロシア、ドイツ、スペインが続く)

1日あたりの最大死者数:993人(2020年12月3日・第2波。第1波の最大数は3月27日の921)

1日あたりの最大感染者数:4万896人(2020年11月13日・第2波。第1波の最大数は3月21日の6554人。第2波に較べて少ないのは検査数が限られていたから)

1日あたりの最大ICU(集中治療室)患者数:4068人(2020年4月3日。第2波最大は11月25日の3848人)

死者平均年齢:81歳(80-89歳の死者数は全体の40%近くにのぼる)

治癒したコロナ患者:241万6千903人

累計検査数:約2千万

コロナ殉教医師:332名

経済関連の数字:

GDP:2020年は前年比8、9%の下落。下げ幅は意外にも小さいように見える。

失業&失職:2020年2月-12月の10ヶ月で42万の職が失われる。例によって女性が多く犠牲に。

最も打撃を受けた観光業やケータリングなどのサービス業を中心に、2020年12月の1ヶ月だけで女性は9万9千の職を失った。同じ期間の男性失業者の増加数は2千。

EU復興基金:EUからイタリアへのコロナ復興資金は約2090億ユーロ(およそ26兆5000億円)。そのうち約60%は低金利の融資。約40%が援助金。

ロックダウン開始前後の状況についてもおさらいをすると:

2020年2月22日:ロンバルディア州コドーニョ含む11の自治体を封鎖(人口5万人)。

2月23日:北部数州内の学校・美術館・劇場・映画館などの閉鎖命令。ヴェネツィアのカーニバルも中止

3月8日:ロンバルディア州と近郊の14県をロックダウン。

3月9日夜:ロックダウンを全土に拡大と発表(実効は10日から)。全国6千万人余りがほぼ全面移動禁止に(5月3日の一部緩和まで55日連続)。

3月11日夜:ジュゼッペ・コンテ首相はテレビ放送で食品など必需品の店と薬局以外の全ての店を閉鎖すると発表。

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置き物のイタリア大統領が化け物になるとき

イタリアでまた政権が変わりました。1月26日にジュゼッペ・コンテ首相が辞任し、ほどなくマリオ・ドラギ内閣が誕生しました。イタリアではひんぱんに内閣が倒れ政権が交代します。よく日本の政治状況に似ていると言われますが実は大きく違います。イタリアでは政治危機の度に大統領が大きな役割を果たすところが特徴的です。

国家元首であるイタリア大統領は、上下両院議員の投票によって選出されます。普段は象徴的な存在で実権はほとんどありません。ところが政治危機のような非常時には議会を解散し、組閣要請を出し、総選挙を実施し、軍隊を指揮するなどの「非常時大権」を有します。大権ですのでそれらの行使には議会や内閣の承認は必要ありません。

今回の政変は1月13日に起きました。コンテ内閣の一角を担っていたレンツィ元首相率いる小政党「イタリア・ヴィーヴァ」が連立政権からの離脱を表明しました。それによって、昨年の新型コロナ地獄を乗り切り国民の強い支持を受けてきたコンテ内閣が、一気に倒壊の危機に陥りました。

しかし、レンツィ派の造反にもかかわらず、コンテ首相への支持は強いものがありました。反乱後の信任投票でコンテ内閣はイタリア下院の絶対多数の信任を得ました。一方で下院と全く同等の権限を持つ上院では、出席議員の過半数を僅かに超える単純多数での信任にとどまりました。絶対多数161に対して5票足りない156票だったのです。

僅差での信任はコンテ内閣が少数与党に転落したことを意味し予算案などの重要法案を可決できなくなる可能性が高まります。危機感を抱いたコンテ首相は、冒頭で触れたように1月26日、マタレッラ大統領に辞表を提出します。この動きは予期されたものです。大統領に辞表を提出し、けじめをつけた上で改めて大統領から組閣要請を受ける、というのがコンテ首相の狙いでした。それはイタリアではごく自然な動きです。

コンテ内閣は世界最悪とも言われたコロナ危機をいったん克服はしました。しかし、イタリアは依然としてパンデミックの緊急事態の最中にあります。今の状況では、コンテ首相が辞表を出して大統領の慰留を引き出すのが得策。その上で新たに上院議員の支持を取り付け第3次コンテ内閣を発進させる、というのが最善の成り行きのように見えました。それが大方の予想でもありました。

しかし、マタレッラ大統領が「非常事大権」を行使して状況を急転させました。大統領はコンテ首相に新たに連立政権工作をするよう要請する代わりに、ロベルト・フィーコ下院議長にそのことを指示したのです。フィーコ議長は議会第1党の五つ星運動の所属。五つ星運動は議会最大の勢力ながら政治素人の集団です。フィーコ氏には党外での政治的影響力はほとんどありません。

コンテ内閣の再構築を念頭に各党間の調整を図る、というフィーコ下院議長の連立政権工作はすぐに行き詰まります。するとマタレッラ大統領は、まるでそれを待っていたかのように前ECB(欧州中央銀行)総裁のマリオ・ドラギ氏に組閣要請を出しました。「非常事大権」を意識した大統領の動きは憲法に則ったものです。誰も異議を唱えることはできません。

大統領のその手法は、見方によっては極めて狡猾なものでした。なぜなら彼はそこで一気にコンテ首相の再登板への道を閉ざした、とも考えられるからです。そうやってイタリアの最悪のコロナ地獄を克服した功労者であるコンテ首相は、マタレッラ大統領によって排除されました。

少し脇道にそれて背景を説明します。マタレッラ大統領はコンテ政権内で反乱を起こしたレンツィ元首相と極めて親しい関係にあります。2人はかつて民主党に所属していた仲間。加えてマタレッラ大統領は2015年、当時首相だったレンツ氏が率いる中道左派連合の強い支援で大統領に当選しました。それ以前も以後も、大統領がレンツィ元首相に近いのは周知の事実です。

また彼ら―特にレンツィ元首相―が左派ポピュリストの五つ星運動と犬猿の仲であることもよく知られています。コンテ首相は五つ星運動所属ではないものの同党に親和的です。マタレッラ大統領にはそのことへの違和感もあったのではないか。そこにコンテ首相の排除を望むレンツィ元首相の影響も作用して、政変の方向性が決定付けられたのでしょう。

そればかりではありません。大統領とレンツィ元首相は強烈なEU(欧州連合)信奉者です。その点はECB(欧州中央銀行)前総裁のドラギ氏ももちろん同じ。しかもレンツィ氏とドラギ氏も親密な仲です。次期イタリア首相候補としてドラギ氏を最初に名指したのも実はレンツィ元首相なのです。

かくてEU主義者のマタレッラ、レンツィ、ドラギの3氏が合意して、反EU主義政党である五つ星運動に支えられたコンテ首相を排除する確固とした道筋が出来上がりました。マタレッラ大統領は彼の持つ「非常時大権」を縦横に行使してその道筋を正確に具現化しました。

国家元首であるイタリア大統領は、既述のように上下両院の合同会議で全議員及び各州代表によって選出されます。普段はほとんど何の実権もありませんが、政府が瓦解するなどの国家の非常時には、あたかもかつての絶対君主のような権力行使を許され、機能しない議会や政府に代わって単独で役割を果たします。いわば国家の全権が大統領に集中する事態になるのです。

例えば2011年11月、イタリア財務危機のまっただ中でベルルスコーニ内閣が倒れた際には、当時のナポリター ノ大統領が、彼の一存でマリオ・モンティ氏を首相に指名して、組閣要請を出しました。そうやって国会議員が一人もいないテクノクラート内閣が誕生しました。

また2016年、レンツィ内閣の崩壊時には、現職のマタレッラ大統領が外相のジェンティローニ氏を新首相に任命。ジェンティローニ内閣はレンツィ政権の閣僚を多く受け継ぐ形で組閣されました。そして泥縄式の編成にも見えたその新造の内閣は、早くも3日後には上下両院で信任されました。

2018年の総選挙後にも大統領は「非常時大権」を行使しました。政権合意を目指して政党間の調整役を務めると同時に、首班を指名して組閣要請を出しました。その時に誕生したのが第1次コンテ内閣です。コンテ首相は当時、連立政権を組む五つ星運動と同盟の合意で首相候補となりマタレッラ大統領が承認しました。

政治危機の中で大統領が議会と対峙したり、上下両院が全く同じ権限を持つなど、混乱を引き起こす原因にもなる政治システムをイタリア共和国が採用しているのは、ムッソリーニとファシスト党に多大な権力が集中した過去の苦い体験を踏まえて、権力が一箇所に集中するのを防ごうとしているからです。

議会は任期が満了したり政治情勢が熟すれば解散されなければなりません。議会が解散されれば次は総選挙が実施されます。総選挙で過半数を制する政党が出ればそれが新政権を担います。その場合は大統領は政権樹立に伴う一連の出来事の事後承認をすれば済みます。それが平時のイタリア大統領の役割です。

しかし、いったん政治混乱が起きると、大統領は一気に存在感を増します。イタリアの政治混乱とは言葉を変えれば「大統領の真骨頂が試される」時でもあり、「大統領の“非常時大権“の乱用」による災いが起きるかもしれない微妙且つ重大な時間なのです。



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極右に「北朝鮮みたい」と揶揄されたイタリア新政権

マリオ・ドラギ内閣がイタリアの上院と下院で正式に信任されました。

上院は賛成262票、反対40票。また下院は賛成535票、反対56票。圧倒的と形容するのもバカバカしいほどの絶対多数での信任になりました。

議会第1党の極左ポピュリスト「五つ星運動」と、同じく第2党の極右ポピュリスト「同盟」が、2018年の第1次コンテ内閣をなぞるかのように同時に政権入りしました。

そこに左派の「民主党」とベルルスコーニ元首相が率いる右派の「フォルツァ・イタリア」 が加わり、さらに左右中道ナンデモカンデモコレデモカ、とばかりに各小政党や会派が連立に参加しました。

主要政党で政権入りしなかったのはファシスト党の流れをくむ「イタリアの同胞」のみ。

まさに大連立、大挙国一致内閣です。

口論、対立が絶えないイタリア政界を見慣れている目には異様とも映るその状況を、極右政党「イタリアの同胞」のジョルジャ・メローニ党首は、「北朝鮮みたい」と喝破しました。

極右の「イタリアの同胞」は、ドラギ首相よりも彼らの天敵である五つ星運動への反発から大連立に加わりませんでした。

とはいうものの、実態は「連立から弾き出された」という方がより真相に近いのですが。

同党は、いつも怒っていていつも人に殴りかかりそうな険しい話し方をする、メローニ党首に似て明朗さに欠けます。少しうっとうしい。

それはさておき、筆者はメローニ党首の「北朝鮮みたい」発言に少々ひっかかりを覚えました。

彼女はなぜイタリアでは北朝鮮よりもはるかに存在感の強い「中国みたい」とは言わなかったのだろう?と。

北朝鮮はその隣でいろいろ迷惑をこうむる日本から見る場合とは違って、イタリアからは心理的にも距離的にも遠い。

距離の遠さという意味では中国も同じですが、中国は遠くにありながら心理的にも物理的にもイタリアに極めて近い。というか、近すぎます。

イタリアは2019年、中国の一帯一路構想を支持し、G7国で初めて習近平政権との間に覚書を交わしました。

極左のポピュリスト「五つ星運動」の、いわばゴリ押しが功を奏しました。

そればかりではなく、イタリアには中国製品と中国人移民があふれています。昨年は中国由来とされる新型コロナで、世界初且つ世界最悪ともされる感染地獄に陥りました。

さらに良識あるイタリア国民の間には、中国による香港、ウイグル、チベットなどへの弾圧や台湾への威嚇などに対する反感もあります。

イタリアの右派は一帯一路を巡る中国との覚書を快く思っていません。2019年にそれが交わされた時、政権与党だった「同盟」は反発しました。「イタリアの同胞」は「同盟」の朋友でしかも「同盟」よりも右寄りの政党です。

中国への反発心はイタリアのどの政党よりも固いと見られています。

それでいながらメローニ党首は、ネガティブな訳合いの弁論の中で、中国を名指しすることを避けました。それはおそらく偶然ではない。

そこには中国への強い忖度があります。

イタリアの国民の間には明らかな反中国感情があります。しかし政治も公的機関も主要メディアも、国民のその気分とは乖離した動きをすることが多い。

イタリア政府は世界のあらゆる国々と同様に、中国の経済力を無視できずにしばしば彼の国に擦り寄る態度を見せます。

極左ポピュリストで議会第1党の「五つ星運動」が、親中国である影響もあります。イタリアが長い間、欧州最大の共産党を抱えていた歴史の残滓もあります。

共産党よりもさらに奥深い歴史、つまりローマ帝国を有したことがあるイタリア人に特有の、心理的なしがらみもあります

イタリア人が、古代ローマ帝国以来培ってきた自らの長い歴史文明に鑑みて、中国の持つさらに古い伝統文明に畏敬の念を抱いている事実です。

その歴史への思いは、いまこのときの中国共産党のあり方と、中国移民や中国人観光客への違和感などの負のイメージによって、かき消されることも多い。

しかし、イタリア人の中にある古代への強い敬慕が、中国の古代文明への共感につながって、それがいまの中国人へのかすかな、だが決して消えることのない好感へとつながっている面もあります。

淡い好感に端を発したそのかすかなためらいが、極右のボスであるメローニ党首のしがらみとなって、「ドラギ政権は一党独裁の中国みたい」と言う代わりに、「まるで北朝鮮みたい」と口にしたのではないか、と思うのです。

筆者は極右思想や政党には強烈な違和感を覚える者ですが、中国共産党に噛み付かない極右なんて、負け犬の遠吠えにさえ負けていて、もっとつまらない、と思わないでもありません。

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ドラギ挙国一致内閣は両刃の剣スキーム

新首相と大連立与党連合

2021年2月13日、イタリアでドラギ新内閣が誕生しました。73歳のマリオ・ドラギ新首相は2011年から2019年までECB(欧州中央銀行)総裁を務めたセレブな経済学者。コロナ・パンデミックで落ちるところまで落ちたイタリア経済の救世主になるのではないか、との期待が高まっています。

期待は経済や政治に関心のある国民ばかりではなく、普段は全くそこに興味を持たない人々の間にまで広まっています。そのことはイタリアの政治システムに不明な人々までが、ドラギ氏の高名に興奮して、SNSにファンレターまがいのとんちんかんな書き込みをすることなどでも類推できます。

アカデミックな経済の専門家としてのドラギ氏の経歴は華々しい。彼は米国のMIT(マサチューセッツ工科大学)で経済学博士号を取得。フィレツェ大学の教授を務めたあとイタリア銀行総裁に出世します。さらに2011年から2019年まではECB総裁の職にありました。

2021年2月3日、ドラギ氏はイタリア大統領からの組閣要請を受けました。彼はすぐにイタリアの各政党との面談を開始。たちまちほぼ全ての勢力から支持を取り付けました。その手腕はエコノミストというだけではなく政治家としても有能であるように見えます。

彼を支持するのは、極左のポピュリスト・五つ星運動から極右ポピュリストの同盟、左派の民主党、さらにベルルスコーニ元首相が率いるほぼオワコンにさえ見えるフォルツァ・イタリア党、それらに加えて全ての小政党や会派など。文字通り挙国一致と呼べる巨大な連立与党連合が出来上がりました。

ここから数ヶ月の蜜月期間は、世界クラスの知名度を持ちカリスマ性もあるドラギ首相に物申す相手はいないでしょう。だが、時間とともに各政党の利害がむき出しになるのは政治である限り避けることはできません。そのときになってもドラギ首相が強いリーダーシップを発揮し続けているなら、イタリアの未来は明るい。だがそうではない可能性もいまのところは5割あります。

3人のEU教徒

欧州中央銀行の総裁を務めたドラギ首相は、いうまでもなくがちがちのEU主義者です。ジュゼッペ・コンテ前首相の辞表を待ってましたとばかりに受理して(なぜ「待ってましたとばかり」かは後述)、ドラギ氏に組閣を指示したセルジョ・マタレッラ大統領も筋金入りのEU信奉者。さらにドラギ氏を誰よりも先に首相に推したマテオ・レンツィ元首相も隠れなきEU支持者です。

その意味では筆者は3者を支持しますが、ジュゼッペ・コンテ首相をいわば排除したという意味では、3者に強い違和感も持ちます。特にマテオ・レンツィ元首相は今回の政変の首謀者。彼はことし1月13日、自身が率いる政党「イタリア・ヴィヴァ」所属の閣僚をコンテ内閣から引き上げて政権を崩壊させました。

理由はEUからイタリアに与えられるコロナ復興資金の使用法に異議がある、というものでした。だが真相は、衰退著しく存在感がぼゼロと言われるほどに落ちぶれた「イタリア・ヴィヴァ」と自身の求心力低下に焦ったレンツィ元首相が、起死回生を狙って打った大芝居、というのが定説です。

しかし、その反乱のタイミングはあまりにも悪いものでした。コンテ内閣は昨年の阿鼻叫喚のコロナ地獄を克服したことでイタリア国民の強い信頼を得ています。特に強いリーダーシップと類まれなコミュニケーション力で、国民を勇気付け慰撫し続けたコンテ首相は、かけがえのない存在とみなされてきました。

イタリアは昨年3月から5月にかけてのコロナ第1波の凄惨な危機からは抜け出しました。が、コロナパンデミックは依然として続いています。収束とは程遠い状況です。そんな非常時にレンツィ元首相は我欲に駆られて政治危機を招きました。当然のようにイタリア中から強い批判が湧き起こりました。

だがレンツィ元首相の反乱は、行き当たりばったりの妄動ではなく、周到に計算されたものであるらしいことが明らかになっていきました。レンツィ元首相は政治的に彼と近しいマタレッラ大統領と連携して、政変を起こした可能性が高いのです。連携というのが言いすぎなら、少なくともマタレッラ大統領に“予告した”上で、倒閣運動を仕掛けました。

マタレッラ大統領は2015年、当時首相だったレンツィ氏が主導する中道左派連合の強いバックアップで大統領に当選しました。彼らはかつて民主党に所属した同僚でもあります。また既述のように親EU派としてもよく知られています。2人が政治的にきわめて親密な仲であることは周知の事実です。

大統領の遠謀?

一方、大学教授から宰相になったジュゼッペ・コンテ首相は、反EUで左派ポピュリストの五つ星運動に支えられています。コンテ首相は五つ星運動所属ではありませんが、心情的には同党に近いとされます。反体制が合言葉である五つ星運動の根幹の思想に共感するものがあるのでしょう。その在り方の是非はさておき「弱者に寄り添う」という同党の主張にも賛同しているのではないでしょうか。

繰り返しになりますが五つ星運動はEU懐疑派です。彼らは元々EUからの離脱を目指し、トランプ主義にも賛同してきました。だがイタリアの過激主義は「国内に急進的な政治勢力が乱立している分お互いに妥協して軟化する」、という筆者の持論通り選挙運動中に反EUキャンペーンを引っ込め、政権を取るとほぼEU賛同主義者へと変わるなどしました。だが、彼らの本質は変わっていません。マタレッラ大統領は、レンツィ元首相とともにそのことにも危機感を抱いたに違いありません。

2者は極端な推論をすればそれらの背景があってコンテ首相を排除し、ドラギ氏擁立のプランを立てた。そして事態は次のように動きました。
1、レンツィ元首相の反乱。
2、コンテ首相辞任(マタレッラ大統領から再組閣指示を引き出すためのいわば根回し辞任。予期された通常の手続きです。だからマタレッラ大統領は「待ってました」とばかりに辞表を受理しました)。
3.マタレッラ大統領、コンテ首相にではなく政治的に非力なフィーコ下院議長に連立工作を指示(失敗を見越して)。
4.フィーコ下院議長の連立工作、予想通り失敗。 
5.マタレッラ大統領がすぐさまマリオ・ドラギ氏に組閣を要請。

という筋書き通りになりました。

新旧首相の幸運

コンテ首相は国民に真摯に、誠実に、そして熱く語りかける姿勢でコロナ地獄を乗り切り圧倒的な支持を集めました。コロナ感染抑止を経済活動に優先させたコンテ首相の厳格なロックダウン策は、感染が制御不可能になり医療崩壊が起きて多くの死者が出ていた昨年の状況では、的確なものでした。しかしそれによってただでも不振に喘いでいたイタリア経済が多大なダメージを受けたのも事実です。

コンテ首相には今後も、引き続きコロナ対策を講じながら経済の回復も期す、という厳しい責務が課されることは間違いありませんでした。しかし彼の政権は、経済政策といえばベーシックインカムに代表されるムチャなバラマキ案しか知らない政治素人の集団・五つ星運動に支えられています。適切な経済策を期待するのは厳しいようにも見えました。その意味では、コロナ対策で高い評価を受けたまま退陣したのは、コンテ首相にとってあるいは幸いだったかもしれません。

ドラギ内閣は迅速な経済の回復を進めると同時に、ワクチン接種を広範囲に迅速に実施しなければなりません。後者は出だしでのつまずきが問題になっています。一方経済の建て直しに関しては、ドラギ首相は大きな僥倖に恵まれています。つまりイタリアに提供されるEUからの莫大なコロナ復興資金です。総額は2090億ユーロ、約26兆5千億円にのぼります。そのうちの4割は補助金、6割が低金利の融資です。

ドラギ首相は理論的にはその大きな資金を縦横に使って経済を再生させることができます。実現すればすばらしいことですが、経済学者が「理路整然」と実体経済を読み違えるのもまた世の常です。ましてや国家運営には、銀行経営とは違って「感情」というやっかいなものが大きく絡みます。ドラギ首相の仕事は決して単純ではありません。

ドラギ首相はかつて、ECB総裁として経済危機に陥ったイタリアに緊縮財政策を押し付けた張本人のひとりです。2011年、財政危機の責任を取って退陣したベルルスコーニ首相に代わって、政権の座に就いたマリオ・モンティ首相は、ドラギ首相とよく似たいきさつで内閣首班になりました。

だがモンティ首相は当時、ブリュッセルのEU本部とECB総裁のドラギ氏のほぼ命令に近い要請で、財政緊縮策を強いられました。ドラギ氏はちょうど10年の歳月を経て自らがイタリア首相になり、且つ潤沢な資金を使って経済の建て直しをする、というモンティ元首相とは真逆の立場におかれました。大きな幸運です。

さらにドラギ首相への追い風が吹いています。EU首脳部は、彼らがイタリアに強要した緊縮財政策が悪影響を及ぼして、イタリアの経済がさらに失速し回復が遅れている、と内心認めていると言われます。従ってドラギ内閣がイタリアの借金のことをしばらく忘れて、財政拡大策を推し進めてもこれを黙認する、とも考えられています。イタリアはEU内ではギリシャに次ぐ「借金まみれ大国」なのです

ドラギ首相のスネの傷

ドラギ首相は高位のエコノミストとしてこれまでイタリア内外で多くの経済政策を推進してきました。その中には重大な失策もあります。例えばドラギ首相はイタリア財務省総務局長時代に、当時国有だった巨大企業イタリア高速道路管理運営会社(ASPI)の民営化を進めました。民営化された同社はオーナー一族に莫大な利益をもたらしました。

だが会社は巨利をむさぼるばかりで維持管理を怠り、2018年にはジェノバで高架橋の落下という重大事故を起こして、43人もの死者が出ました。その事故以外にも ASPIのインフラ管理の杜撰さが問題になっています。コンテ政権は同社を再び国営化しました。だが全ての課題が突然消えた訳ではありません。かつてASPIを民営化させたドラギ首相は、同社にまつわる問題が再燃することを恐れているかもしれません。

また世界最古の銀行MPS(モンテ・デイ・パスキ・ディ・シエナ)が経営破綻した時、イタリア中央銀行総裁だった彼はその責任の一端を担っています。さらに問題が巡りめぐって同銀行が公的資金で救済された際には、ドラギ首相はECB(欧州中央銀行)総裁を務めていました。MPSに公的資金が投入されたのは、ECBの誘導によるとされています。従って彼はMPSの行く末にも責任を負わなければなりません。

コロナ対策も経済政策も、ドラギ政権を支持する全ての政党が一致団結して事に当たれば、きわめてスムースに実行されるでしょう。だが意見を異にする政党が寄り集まるからには、対立や分断もまた容易に起こり得ます。それぞれの政治勢力がてんでに主張を強めれば、政権内の混乱の収拾がつかなくなる可能性もあります。ドラギ内閣を構成している「ドラギを信奉する一大連合勢力」は、両刃の剣以外の何者でもないように見えます。



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イタリアの「いつもの」政治危機が行く

イタリアのセルジョ・マタレッラ大統領の要請を受けて、政権樹立の可能性を探ってきたマリオ・ドラギECB(欧州中央銀行)前総裁の仕事が完成しそうです。

議会第1党と第2党で、且つ鋭く対立してきた五つ星運動と同盟が、ドラギ内閣を支持することがほぼ確実になってきました。

しかし、五つ星運動は内部が平穏ではなく、ドラギ政権に参加することによって分裂が進みかねない状況。土壇場での方向転換もありうる情勢です。

五つ星運動と同盟は左右のポピュリストです。ポピュリストという点移外にはほとんど共通点がないにもかかわらず、両党は2018年に手を結んで野合政権を樹立しました。

だが元々犬猿の仲である五つ星運動と同盟は多くの政策で対立、喧嘩が絶えませんでした。連立政権発足から1年余りの2019年8月、同盟が対立激化を理由に早期の解散総選挙を要求。

否定されると内閣不信任決議案を提出して政権を離脱しました。同盟のサルビーニ党首に、総選挙に持ち込んで右派勢力を結集し、独自政権を樹立したい思惑があったのは周知のことです。

第1次コンテ内閣は崩壊しました。が、五つ星運動がすぐに彼らの天敵だった議会第3党の民主党に呼びかけて、2019年9月5日、あらたに連立政権を樹立しました。

第2次コンテ内閣は、2020年初めからイタリアを襲ったコロナ惨禍を克服。それは大きな指導力を発揮したジュゼッペ・コンテ首相の手柄でした。

コロナ地獄と、それをうまく処理するコンテ首相の前にしばらく鳴りを潜めていた守旧派の政治勢力は、EU(欧州連合)からの莫大なコロナ復興援助金に目が眩んで密かに暗躍を開始。

その流れで2021年1月13日、レンツィ元首相が率いる連立内の小政党「Italia Viva イタリア・ヴィヴァ」が政権からの離脱を表明。「壊し屋」の異名を持つレンツィ元首相が、「コロナ復興資金の使途不明確」という不明確な理由を口実に反乱を起こしたのです。

レンツィ元首相の一存で「Italia Viva イタリア・ヴィヴァ」が同党所属の閣僚を引き上げたため、第2次コンテ内閣は事実上崩壊。2021年1月26日、コンテ首相は辞任を表明しました。

それを受けて2021年1月29日、マタレッラ大統領がロベルト・フィーコ下院議長に連立模索を指示。しかしそのわずか数日後にフィーコ下院議長の連立工作は失敗に終わりました。

マタレッラ大統領はあたかもそれを待っていたかのように素早く行動します。ためらうことなくマリオ・ドラギ前ECB総裁に組閣要請を出したのです。そこにはレンツィ元首相の暗躍がありました。

マタレッラ大統領は2015年、当時首相だったレンツ氏が率いる中道左派連合の強い支援で大統領に当選しています。それ以前も以後も、大統領がレンツィ元首相に近いのは周知の事実です。

1月29日、マタレッラ大統領がコンテ首相ではなくフィーコ下院議長に連立模索を指示したのは、ドラギ氏に組閣要請を出すための深謀遠慮、伏線のように見えます。

つまりマタレッラ大統領は、辞任を表明したコンテ首相ではなく、敢えてフィーコ下院議長に連立工作を指示することによって、第3次コンテ内閣の成立を阻んだとも考えられるのです。

政治的にほぼ無力のフィーコ氏が連立工作に失敗するのは明らかでした。一方、コロナパンデミックを通して国民の圧倒的な支持を受け強い指導者に変貌しているコンテ首相なら、再び彼自身が首班となる政権樹立が可能でした。

マタレッラ大統領もそのことは知悉し、また昨年のコロナ地獄を乗り切ったコンテ首相への信頼も十分にあると思います。それでいながら彼がコンテ首相に3度目の組閣要請を出さなかったのは、おそらく首相の背後に控えている五つ星運動への警戒感からではないか、と筆者は考えます。

そこに政治的に近しいレンツィ元首相の影響が加わって、マタレッラ大統領の動きが規定されました。なにしろ次の首相候補としてマリオ・ドラギ前ECB総裁の名を最初に口にしたのは、レンツィ元首相なのです。

マタレッラ大統領、レンツィ元首相、そして前欧州中央銀行総裁のドラギ氏は言うまでもなく、全員が強力なEU(欧州連合)信奉者です。片やコンテ首相は反EU主義政党五つ星運動と親和的。

むろんそのこと以外にも対立や苛立ちや不審また不信感などがあるでしょうが、親EUで固く結びついた政治勢力はコンテ首相を排除してドラギ氏に白羽の矢を立てました。

以来、今日までのほぼ一週間に渡って、ドラギ氏は彼の内閣の誕生を目指して全ての政党と政権協議を進めてきました。

結果、冒頭で述べたようにドラギ氏は、最大勢力の五つ星運動と同盟をはじめとするほぼ全勢力の支持を取り付けました。

同盟はほぼ全党一致に近い賛成。一方の五つ星運動は、内部分裂の危機を孕んだ危うい状態での賛成ではあります。

五つ星運動は彼らの金看板である「一定の国民に所得を保障する」ベーシックインカムまがいのバラマキ政策を死守したい思惑があります。が、そのバラマキ策に違和感を抱く国民も多くいます。

ドラギ氏との政権協議には、普段は姿を隠している五つ星運動の大ボス、ベッペ・グリッロ氏も参加。彼はかつてドラギ氏を「ECBのドラキュラ」などと口汚く罵っていた過去をころりと忘れて、ドラギ氏に擦り寄りました。

グリッロ氏が突然表舞台に姿を現したのは、コンテ首相の退陣によって五つ星運動の求心力が下がるどころか、下手をすると党がドラギ氏の連立政権から弾き出されかねないことを恐れての動きでしょう。

五つ星運動に似たもう一方のポピュリスト・極右の同盟も、早期の解散総選挙を声高に主張していた姿勢を改めて、あっさりとドラギ氏支持に回りました。

政治に誠実や正直を求めても詮無いことですが、2党の指導者の節操の無さは相変わらずすさまじい。もっともそれは他の政治勢力も同じですが。

民主党とレンツィ党はEU主義者という意味で、既述のように欧州中央銀行の総裁だったドラギ氏とは親和的。また同盟とともに右派勢力を形成するベルルスコーニ元首相の「フオルツァ・イタリア」も、ドラギ氏とベルルスコーニ氏が旧知の仲であることを言い訳に、さっさとドラギ政権支持に回りました。

ドラギ氏は先に触れたように、ほぼすべての政党からの支持を取り付けました。おそらく今週中にも首相に就任する見通し。 現時点で明確にドラギ不支持を表明しているのは、ファシストの流れをくむ極右小政党「イタリアの同胞」のみです。

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神様はおばあを忘れ、管首相は国民を忘れた

108歳のイタリア人女性、ファティマ・ネグリーニさんは昨年新型コロナに感染しましたが、奇跡的に回復しました。

死の淵から生還した時、ファティマさんは「神様はどうやら私を呼び寄せるのを忘れたようだ」とジョークを飛ばして医師や看護師らのスタッフを笑わせ、それはメデァアで大きく伝えられました。
 
イタリアでは2021年2月1日現在、 8万8千人以上の人々が新型コロナで亡くなり、その多くは80歳以上の高齢者です。

そのために新型コロナから回復したお年寄りには注目が集まります。

欧州全体でもその傾向は強い。 

例えばイタリアよりも新型コロナの犠牲者が多い英国は、世界で最も早く新型コロナワクチンの接種を始める際、最初の患者として90歳の女性を選んで話題になりました。

英国ではその後も94歳と99歳のエリザベス女王夫妻がワクチン接種を受けてニュースになりました。

普通ならそんな事案がメディアをにぎわすことはありません。ニュースバリューのある話題ではなく、且つ個人情報の争点にもなりかねないからです。

だがそのトピックは、おそらく女王夫妻の了解も得て、ニュースに仕立てあげられました。

そこにはできるだけ多くの人にワクチンを受けるように促す宣伝の意味合いが込められています。

世界にはワクチン接種を嫌う、科学を知らない人々が少なからず存在するのです。
 
ここイタリアでは2020年12月27日にコロナワクチンの接種が始まり、2021年1月月31日現在、195万8千691回分が接種されました。

新型コロナを克服した冒頭のファティマ・ネグリーニさんも1月18日にワクチンの接種を受け、そのことも再びニュースになりました。

イタリアのワクチン接種件数は欧州では英国に次いで多い。しかしながらその数字は当初の計画に比べると遅れています。

製造元の欧州での生産が追いつかないというのが理由ですが、説明に少々不明瞭な部分もあって、EU(欧州連合)と製薬会社が対立しています。
 
コロナワクチンは医療関係者に優先的に接種され、次に感染すると重症化しやすい高齢者に接種されます。

ことし6月に109歳の誕生日を迎えるファティマ・ネグリーニさんは、むろん高齢者として優先的に接種を受けました。

同時に、ワクチン接種者としては世界最高齢とも見られるその年齢によって、イタリア中に明るい話題を振りまいています。

閑話休題。


それにしても、日本政府のワクチン接種戦略の迷走ぶりは目もあてられない、と感じます。

各種報道によると、いくつかの製薬会社とワクチン購入契約を結んだということですが、中身はどうなっているのでしょうか。

昨年からワクチンの供給を受けはじめているEU(欧州連合)でさえ、購入契約をめぐって製薬会社ともめています。

コロナ対策すらもしっかり行えない管政権が、生き馬の目を抜く世界のワクチン獲得ゲームで勝てるとはとうてい思えません。

いつから、誰に、どのようにワクチン接種を開始するかも不明瞭なら、ワクチンの入手そのものでさえ覚束ないように見えます。

政府の主張通り最短で2月の末に初のワクチン接種が行われたとしても、EU(欧州連合)に2ヶ月以上も遅れてのスタートです。

世界で初めて新型コロナワクチンの接種を始めたイギリスに比較すると、ほぼ3ヶ月もの遅れになってしまいます。

日本はワクチン接種戦略で大きく失敗して、その結果経済で欧米ほかの国々に太刀打ちできなくなる、という懸念が世界のそこかしこで出始めています。

そんな折に菅首相は、国会質疑で議員の批判を受けて「失礼だ。一生懸命仕事をしている」などと子供にも劣る愚かな答弁をしました。

日本最強の権力者、という願ってもない地位をタナボタで得た彼は、その僥倖に深く感謝して謙虚になるどころか、権力を笠に着て居丈高になっています。

何おか言わんや、です。

民主主義の底の浅い日本の政治家は、お上に無批判に頭を垂れる愚民が多いことを良しとして、自らがお上そのものになりきり国民の下僕であることを忘れて増長しがちです。

管首相の「失礼だ」発言はそのことを端的に示しています。国民への真摯な語りかけもコロナ対策も不得手な彼は、国民に「失礼」です。さっさと辞任したほうがいいのではないでしょうか。


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世界最古のカフェの瀬戸際

ベニスのカフェ・フローリアンが廃業の瀬戸際に立たされています。言うまでもなく新型コロナパンデミックが原因です。

カフェ・フローリアンは1720年12月29日に開業しました。ベニス最古の、おそらく世界でも最古のカフェと考えられています。

昨年12月29日がちょうど創業300年の節目でしたが、都市封鎖下のベニスでは飲食点の営業が禁止されています。

禁止が解かれても、観光客でもっているカフェ・フローリアンは生き延びられません。ベニスにはほとんど観光客がいないのです。

カフェ・フローリアンは開業300年記念を祝うどころか、店の扉さえ開けられないまま昨年暗い年末を過ごし、年が明けた今も店の営業ができずにいます。

カフェ・フローリアンはひとことで言えば喫茶店ですが、歴史と物語と文化に彩られて、もはや単なる飲食店ではなく古都ベニスの欠かせない一節になっています。

店は17世紀に完成した街の行政館の回廊にあります。建物の完成から80年後に開業しましたが、店自体も古色美しい荘重な雰囲気に満ちています。

大理石のテーブルの間を完璧に正装したウエイターが行き交います。壁の金箔や絵画や年代ものの装飾品などがそれを見つめています。

カフェ・フローリアンはカフェ・ラッテの発祥地としてもよく知られています。軽い食事も提供されます。だが店の醍醐味は飲食物ではなく充満する「時間の雰囲気」です。

「時間の雰囲気」の中にはカサノバからバイロン、ディケンズからヘミングウエイ、チャップリン、ワグナー、そしてアンディ・ウォーホルなど、など、世界中のセレブが残した夢の残り香も含まれています。

カフェを訪れた世界の有名人は枚挙に暇がありません。いま述べた人々は記録に残っている大物のほんの一部ですが、記録にはなくてもベニスを訪れたあらゆる分野の世界中のスターは、1人残らず店を訪れている可能性があります 。

ベニスを旅する一般の観光客も、ほとんどの人が カフェ・フローリアンを訪れているのではないでしょうか。訪れないのは、おおかた店の名を知らない者ぐらいでしょう。

仕事とプライベートでベニスを頻繁に訪れる筆者も店内を撮影したり、店の内外の席で飲食を楽しんだりしてきました。その経験から訪問者は店の「雰囲気」に魅了されるのだと実感として分かります。

店は常時70人ほどのスタッフを雇い、夏の最盛期にはさらに多くのスタッフが働きます。 カフェ・フローリアン=ブランドは、2019年には1千万ドル以上の売り上げがありました。

ところがコロナが蔓延した2020年にはその80%が失われました。ワクチンが行き渡るなど、劇的な展開がない限り、ことしも見通しは暗いようです。

カフェはロックダウンが始まって以来、国からの援助を一切受けていないといいます。倒産の瀬戸際にあります。おそらく決定的な閉鎖に追い込まれるでしょう。

とは言うものの―これは私見ですが―ベニスの歴史の一部をなす店は、たとえ倒産しても誰かが買い取って事業を継続するのではないか。由緒ある店にはそれだけの魅力と価値があります。

だが言うまでもなく、そうやって再開された店が、これまでの優雅な雰囲気と伝統と心意気を維持していくのかどうかは不明です。

イタリアの多くの歴史的なブランドやモニュメントや工芸や商品などと同様に、中国人ビジネスマンやロシア系商人らが、新しい伝統を作ろうと群がり集うのかもしれません。

また近年はカフェ・フローリアンも、母体の古都ベニスも、ボー大な大衆観光客に占領されることが多くなっていました。特に中国人旅行者が目立ちました。

ところが新型コロナの猖けつで事態はふいに転回しました。たとえコロナが終息しても観光客はすぐにはベニスに戻らない、という分析もあります。

それならばそれで、ベニスもカフェ・フローリアンも、昔日の実態と面影を取り戻すチャンス、と考えるのはたぶん単なる希望的観測なのでしょう。

たとえその可能性があるとしても、ベニスの街自体はともかく、カフェ・フローリアンが将来も存続しているのかどうか覚束ない、というのはとても寂しいことです。

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バイデン時代への期待・倦怠・難題

2021年1月20日、ジョー・バイデン第46代米国大統領就任式の一部始終をライブ中継で見ました。新大統領は少し長過ぎた就任演説の中で、民主主義という大儀が勝利したと強調。同時に米国民の結束と融和を呼びかけました。

またバイデン大統領は、議会議事堂襲撃に代表される国内テロや白人至上主義を打倒するという言い方で、その名を一度も口にすることなく退任するトランプ大統領を厳しく糾弾しました。

ひとことで言えばバイデン演説の内容は、自由と平等と多様性及び民主主義を信奉するアメリカ国民が、アメリカはかくありたいと願う「理想のアメリカ」へ向けて歩もう、と語りかけるものでした。アメリカには人種差別や格差や不寛容がはびこり、その傾向はトランプ時代に加速しました。

アメリカの理想を訴えた、という意味ではバイデン新大統領の演説の中身は目新しいものではありません。過去には何人もの大統領が、バイデン新大統領とよく似た内容を言葉を変えて語っています。それでもバイデン演説は特別なものです。なぜならそれがトランプ時代のレガシーである分断と憎しみが渦巻く中で提示されたものだからです。

トランプ以前の世界の大半は、「理想のアメリカ」を追い求める米国民とアメリカ合衆国を賛美し慕ってきました。だが差別と憎悪と不寛容を平然と口にし行動するトランプ大統領の登場で、賛美は失望に変わり傾慕は嘲笑に変わりました。

人々ははじめ米国の変質は、トランプ大統領という怪異だけに付いて回る独特の現象だと考えました。だがそれは米国民のほぼ半数に当てはまる世界観であることが次第に明らかになりました。トランプ大統領は彼らの存在ゆえに誕生したのであり、その逆ではありません。事態は2016年の選挙時に既に明らかになっていましたが、世界はそれを中々理解できませんでした。それが常識を覆す異様な事象だったからです。

だが時が経つにつれて変容は疑いないものとなり、アメリカ国内は深く分断されていきました。アメリカの趨勢は世界にも影響し、同様の傾向が強まって行きました。その中でくっきりと全貌を顕したのがBrexit(英のEU離脱)であり、フランスの極右ル・ペンの躍進であり、イタリアの極右政党「同盟」の連立政権入りでした。ドイツ、オランダ、オーストリア他の国々にも極右勢力が台頭しました。

バイデン新大統領は、かつてのアメリカの理念を前面に押し出して国内の融和を図り、世界と協調すると宣言しました。だがアメリカの民主党にもトランプ主義と同じ極論や過激姿勢がそこかしこに見受けられます。バイデン新大統領の誕生は、多くの分野でトランプ時代よりはましな変化をもたらすでしょうが、米民主党的偏向もまた必ず形成されるに違いありません。

イデオロギーが存在する限りそれは避けることができません。ポイントはバイデン大統領が、トランプ時代の負の遺産を政権の糧にして、民主党ならではの極端化を抑えながら対立勢力も取り込んだ、真に融和的な政策を押し進められるかどうかにあります。

例えば覇権主義に取り付かれている中国との付き合い方です。国際法を無視して蛮行に走り続ける中国を、バイデン大統領は日欧などの同盟諸国と協調しつつ強く指弾し牽制することができるのか。つまりトランプ政権並みの明快さで反中国キャンペーンやメッセージを世界に送り続けることができるかどうかも焦点です。

アメリカが先導する民主主義陣営は中国ともむろん対話をしなければなりません。だが中国が対話をする振りで、香港やチベットやウイグルまた尖閣を含む東シナ海域や台湾で無法傲慢な動きを続けるならば、外交重視の穏当な言語をいったん脇に置いて、トランプ大統領まがいの強い批判の言葉を投げつけることがあってもいいのではないか。

トランプ大統領はおよそ外交儀礼とは縁のない露骨な言行で中国と対峙しました。それはあまりにも刹那的に過ぎて、長期的には中国に資する危険があるとも批判されました。だがトランプ政権の声高な中国批判には明らかなメリットもありました。老獪な動きで自らの虚偽を隠蔽しようとする中国の正体を、絶えず人々の意識に上らせ続ける、という効果です。

バイデン新大統領は日本を含む西側同盟国と協力しながら中国と向かい合うことを宣言しています。それは長期的にも利のあるやり方です。だが習近平主席が率いる唯我独尊の一党独裁政権には、対話と同時にトランプ政権ばりの厳しい姿勢で臨むことも必要ではないかと考えます。

バイデン新大統領はこれまでどちらかと言えば親中派の政治家と見られてきました。米中が対立する状況でもその姿勢は変わらない可能性があります。対話と同時に威嚇に近い圧力を中国にかけることができるのかどうか。またその意思があるのかどうかさえ不明です。

スターリン並みの独裁政治を強行する習近平政権には、民主主義世界の穏健なやり方は通用しないことが明らかになっています。中国は日本を含む西側陣営の尽力もあって貧困を克服しました。それどころか世界第2の経済大国にまでなりました。だが自由主義世界が期待したような民主的な体制に変貌することはありませんでした。

習近平主席と共産党が支配する限り、中国は民主的な政体に移行するどころかその精神や哲学や思想を尊重することさえあり得ない。従って自由主義世界は、バイデン新大統領のこれまでの在り方に代表される、中国への穏健一辺倒のアプローチ法を改める必要があります。そして変化へのヒントは、実は使命を終えたばかりのトランプ政権にあるように思えます。

筆者は理想を満載したバイデン大統領の就任演説を少し斜に構えて見、聴きました。演説の内容は目新しくはないものの、まさに理想に満ちていました。全てが実現されれば素晴らしい主張ばかりです。だが新大統領に果たしてそれらの理想を現実化する力量があるかどうかは疑問です。

大統領就任式のあと、筆者が直ちにブログに思いを書かなかったのはその疑問ゆえです。筆者はバイデン新政権をトランプ狂犬政権に替わる制度として大いに支持しますが、今のところその才幹には懐疑的です。バイデン大統領による、自身の平凡な議員履歴や副大統領としての前歴を打ち壊す、まさに「大統領然」とした明白な実力行使を見なければならないと思います。

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不覚人たちの不始末

イタリア下院では18日、コンテ内閣の信任投票が行われました。レンツィ元首相が主導する小政党「Italia Viva イタリア・ヴィヴァ」が連立政権から離脱したのが混乱の原因。

下院では賛成321、反対259で内閣は信任されました。だが19日の上院では絶対多数を獲得しての信任は厳しい見通し。

イタリアでは一方的に連立政権を離脱したレンツィ元首相への反感とともに、中国寄りの反体制政党「五つ星運動」に親和的なコンテ首相への不信感も少なからずあります。

上院議員のうちには、昨年の新型コロナ第1波の危機を乗り切ったコンテ首相を賞賛しつつも、中国と親しい左派ポピュリストを頼る姿勢を善しとせずに反対票を投じる者も出ると見られています。

政治アナリストによる分析等では、上院で絶対多数に届かなくてもコンテ内閣の信任投票は可決される可能性が高い。

「Italia Viva イタリア・ヴィヴァ」所属の上院議員は、信任投票では棄権に回る方針。そのため他の欠席議員数などを含めれば、絶対多数よりは少ない単純多数には届くと見られます。

単純多数で信任された場合、コンテ首相は「少数与党政権」を率いることになります。その形はイタリアでは珍しくありません。が、新型コロナパンデミックの中では、いつもよりも厳しい政権運営になることが確実です。

なぜならイタリアでは、予算案などの重要法案は絶対多数での可決が法律で義務付けられています。それらの可決の度に絶対多数工作をしなければならないのは政権にとって大きな痛手です。

イタリアの政治システムでは上下両院が同等の力を持ちます。コンテ内閣を「壊し」つつあるレンツィ元首相は2016年、上院の力を大幅に削ぐか否かの国民投票に敗れて下野しました。

レンツィ元首相は上院の権限を縮小することを強く主張しました。上院の力を大きく弱めることには、当の上院議員以外の全てのイタリア人が賛成している、と言われるほどそのシステムは長く問題視されてきました。

レンツィ元首相は真っ当な考えを推し進めながら当時大きな間違いを犯しました。いつもの唯我独尊体質のために自らを過信し、「私を取るか、否か」という言い方で国民投票のキャンペーンを張って、思いきりコケました

元首相の思い上がったキャンペーンの文句に国民は反発し、彼に対抗する政治勢力は国民の憤懣をうまく利用して、国民投票をあたかも「レンツィ信任投票」のように仕向けました。

そうやって必ず卑小化されると見えた上院は強権体質のまま存続し、大敗sぎたレンツィ首相は辞任しました。レンツィ首相は上院改革に失敗したことと連立政権から離脱したことで、コンテ首相を2重に貶めていると見ることもできます。

コンテ首相が拠って立つ「五つ星運動」は、現金バラまき策のベーシックインカム制をゴリ押し成立させたり、中国との連帯を強く主張するなど、過激左派的な不穏な勢力です。ですから政権の存続を嫌う者が多くいても不思議はありません。。

だが今は、パンデミックが猖獗を極めている非常事態です。そんな時に我欲に目がくらんで政権を瓦解させようとするレンツィ元首相一派の動きは言語道断です。

コロナ危機のただ中でイタリアが政治不安に陥るようなら―それがイタリアのお家芸とはいうものの―レンツィ元首相は、議会議事堂の襲撃教唆で「万死に値する」ほどの不名誉にまみれて退任するトランプ大統領と同じ不覚人だといわざるを得ません。


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