イタリアの初動は間違っていたのか

《3月初旬執筆記事》

イタリアの感染者が極端に多いのは、ウイルス検査が厳しく実施されているという面もありますが、いずれにしても感染者が多いことには変わりはありません。今後欧州の国々で検査が多数行われれば、感染者の数も増えることは必至でしょう。

イタリアには世界に先駆けて中国便をシャットアウトした政府の果断な処置を、パフォーマンスを重視しただけの失策、と批判する声もあります。それよりも第1号患者を隔離する処置こそ優先されるべきだった、と批判者は言います。それは第1号患者が多くの人にウイルスを移してしまったことへの不満が言わしめる言葉ですが、決して間違ってはいません。

とはいうものの、中国便を即座に排除していなければ、イタリアの状況はさらに悪いものになっていたでしょう。少なくともその措置そのものが悪影響を及ぼした事実はありません。第1号患者を隔離しなかったのは、中国便の全面禁止措置とはまた別の問題であり論点です。

批判者はまた、第1号患者が引き起こした集団感染が明らかになるや否や彼の住む町と周辺地域をイタリア政府が直ちに封鎖し、学校や図書館などの公共施設も閉鎖かつレストランやカフェなどの営業も禁止あるいは規制するなどした、スピーディな動きにも不満をもらします。

集団感染が起きたこと自体が、失策だというのです。だが38歳の第1号患者には中国への渡航歴はありませんでした。そのために新型コロナウイルス感染者とは見なされず、普通のインフルエンザ患者として扱われて感染が拡大してしまいました。

むろんそのこと自体は決してほめられるべきことではありません。が、当時イタリアでは、中国人旅行者夫婦と武漢から帰国したイタリア人若者1人の合計3人が感染確認されているに過ぎず、しかも彼らは集団感染が起きた北イタリアの町からは遠い首都ローマで隔離、治療を受けていました。

そうした状況の中で、後に第1号のCOVID-19患者と判明する38歳の男が、インフルエンザらしい症状で入院したのです。そして不幸にも彼から無防備だった医療スタッフに新型コロナウイルスが移る院内感染が起きてしまいました。のみならず彼は、入院以前に既に、彼の妻を含む身近な人々にもウイルスを移してしまっていました。

後に「巨大事件」の始まりだったことが明らかになる北イタリアの小さな町のエピソードと経緯(いきさつ)を、病院のひいては政府の失策と決め付けるのは筋違い、と筆者の目にには映ります。ジュゼッペ・コンテ政権が、11の自治体を速やかに丸ごと封鎖して戒厳令並みの厳しい監視下に置いたのは、決して間違いではありません。

間違いは中国の「一帯一路」構想への政権の対応であり、それは医療や危機管理ではなく政治判断の誤りです。たとえ遠回しにしろ封鎖隔離を批判するのは、その厳しい管制下でじっと我慢をし、今も我慢を続けている5万人の住民への侮辱、とさえ言えます。

いわば不可抗力とも言える、第1号患者を発端とする集団感染の拡大とは別に、初動に大きな間違いがあったとすれば、第1号患者にウイルスを移した0号患者がついに発見できなかったことでしょう。彼は前者と共に、あるいは彼以上の勢いで人々を感染させた可能性もあります。

また、第一号患者のほかに、当時イタリア中に多くいた中国人観光客やビジネスマン、また文化・観光イベント関連の多くの中国人スタッフの中にウイルスに感染した人々がいて、そこからも同時に感染が広まった可能性もあります。それらの見えない感染者は全て0号患者です。少なくとも0号患者と同じミステリアスな存在です。

爆発的な感染が次々と発生している今となっては、真の0号患者を含むそれらの「0号患者たち」を確定することはもはや不可能です。将来の研究ではあるいは明らかにされるのかもしれませんが。ともあれ今この時は、もはや0号患者は重要ではなく、感染爆発の阻止が最大の課題であることは言うまでもありません。

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例外だらけの法律は例外のない法律と同じ喜劇だ

イタリア政府は、欧州で最も長く且つ最も厳しい新型コロナ対策・ロックダウンを、6月3日に全面解除すると発表しました。人々の動きが自由になり店やレストランや工場やオフィスなど、ビジネスの全てが解禁されます。EU域内からの外国人の入国も許可されます。

つまり、新型コロナウイルスの感染拡大が確認されれば、ただちにロックダウンを再導入する、という段階的解除の度に付けられてきた条件と同じ要項を別にすれば、ほぼ全ての社会経済生活の営みが新型コロナ以前に戻る、ということです。

最新のイタリア政府の施策の根本は上記のようになっていますが、実はここ数日は、ロックダウン解除に向けての政府の方針の細部はめまぐるしく変わっています。

特にレストランやビーチ施設や美容院などの営業再開に向けての緩和基準が、早い再開を要求する事業者自身や、彼らを後押しする野党議員や経済人などの口出しで揺れにゆれています。

ひとつの典型的な例がレストランのテーブルの設定条件です。感染は始まったもののロックダウンがまだ導入されなかった頃の規則では、テーブルとテーブルの間を最低1メートル以上空けること、とされました。

その規則は感染拡大が進むに従って厳しくなり、すぐに1、5メートルと改められて次には2メートルなどとも言われました。カフェやバールなどで立ち飲みをする際の、人と人の間隔も似たようなものでした。

ところがその規定は、ロックダウンが解除されて営業を再開する際には、テーブルは4メートル四方内に1セットだけ設定すること、とされました。たった一つのテーブルのために4メートル四方ものスペースを割けというのは、小規模店は営業するな、と言うにも等しい厳しい条件です。

感染のリスクが低くなるように、店の外にテーブルを設置しての営業を促す意味合いも、それにはあったように見えます。店の外なら密閉また密集することが少なくなりますから、感染防止対策上の理想の形です。

しかしながら全てのレストランが、店の外に自由に使えるスペースを有しているとは限りません。むしろそうではない店のほうがはるかに多いでしょう。

案の定、狭いスペースしか持たないレストランをはじめとする飲食店から激しいブーイングが起こりました。すると当局は早速、テーブルとテーブルの間に一定以上の以上の間隔を空けること、と修正しました。

そうした混乱に加えて、資金不足や解雇した従業員の再雇用ができないなどの理由で、店を再開できないケースも多くなると見られています。一事が万事そんな具合です。営業再開に向けてはまだまだ紆余曲折がありそうです。

イタリアでは法律や法令や自治体の条例などが、施行された後でふいに変わるのは日常茶飯事です。それらの規則の試行(Prova)期間というものがあって、実際に運用した上で不都合があればさっさと変更されます。

それはきわめて現実的で柔軟な制度です。しかし、はたから見ている者の目には、いつものイタリアのカオスや混乱やいい加減さが顕現したもの、と映りがちです。つまり例外だらけの法律。それは例外のない法律と同じ程度の悲劇であり喜劇です。

だがそれほど悪いシステムとも思えません。法律や規則は人間が作り人間に適用されるものです。実際に施行してみて、人間と人間の関係性に不都合が生まれるならさっさと改訂し、再びトライしてはまた改善すれば良いのではないか。

イタリア社会の典則のほとんどは官僚に支配されています。官僚制度の複雑さ奇怪さは、日本以上に目に余るものがあります。社会機能を停滞させる悪しき仕組みでさえあります。ところが同じその体系が、いま述べたように新しく施行される法令等の修正や改定にはとても身軽です。

それは混乱であると同時にフットワークが良いとも形容できる仕組み。カトリックの古い体質と価値観が、インターネットを駆使する若い政治勢力「五つ星運動」と併存する国、イタリアならではの光景です。筆者はいつものことながらため息をついたり感心したりするのみです。

6月3日をもってイタリアのロックダウンの全面解除が実施されるのは、今後「感染拡大の第2波が襲わない限り」間違いありません。しかしその中身の詳細は日々変化していくことが予想されます。

そんなわけで、今日ここに記した内容が明日には変わっている、という事態が今後も「ひんぱんに」と形容してもかまわない確立で起きるであろうことを、ここにお知らせし、了解を願っておきたいと思います。

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ロンバルディア州が石橋をたたき続ける理由(わけ)

イタリア政府は先日、コロナ感染抑止策として導入したロックダウンを5月4日から7日周期で徐々に緩和して行き、6月1日に全面解除すると発表していました。

ところが営業許可が出るのが一番最後の6月1日になるレストランなどの飲食業界と、美容業界から猛烈な抗議の声が挙がり、政府はそれに応える形で2週間前倒しして5月18日に全ての業種の営業再開を認める、と決めました。

収入の道を絶たれて苦しむ勤労者世帯と経済界から歓喜の声が沸きあがる中、ひとつ転遷がありました。新型コロナウイルスの最大の被害地、北部ロンバルディア州が政府の決定に異議を唱えたのです。

ロンバルディア州のアッティリオ・フォンターナ知事が、2業種の営業開始を1週間遅らせて5月25日にする、と宣言しました。するとすぐに隣接州のピエモンテが知事に同調しました。ピエモンテ州はロンバルディア州の次に新型コロナの感染者が多い地域です。

いうまでもなくレストランやカフェは人と人の接触が極めて多い。営業空間も濃密です。また美容業界も客とスタッフが顔を寄せ合って作業が進む場所です。

同時に美容室や理髪店では、待合室を含む屋内空間も狭いのが普通ですから、感染の可能性が高まる。人懐っこい国民が多いイタリアではなおさらです。それだけにこの国では営業再開がいつも慎重に議論されます。

ふたつの業界はまた個人営業である場合が多い。そのため資金的な体力も弱いのが普通です。閉鎖されている間の政府の支援などがあってもなくても、生き残るのは厳しい業界。関係者が早期の営業再開を主張するのは当然です。

ロンバルディア、ピエモンテ両州の感染状況は、イタリア全体と同じように確実に改善に向かっています。それでもロックダウンが大幅に解除された5月18日現在、感染者の数はロンバルディア州一州だけでイタリア全体の37,63%、死者の数は48.56%、ほぼ5割という惨状です。

そうした状況に鑑みてフォンターナ州知事は、政府が5月18日とした2業種の営業再開日を一週間遅らせる、と決めたのでした。

その動きは、州都ミラノのジュゼッペ・サーラ市長が5月7日、多くの若者が繁華街に無防備に集まったことに激怒して、「街を再びを閉鎖することも辞さない」と宣言した強い危機意識に通じています。

繁華街のナヴィリオで起きた現象は、ミラノ市長の脅迫じみた宣言も功を奏して、その後ぴたりと収まりました。そうしたエピソードが語るように、多様性を重視する結果、時としてエゴイストにさえ見える自己主張の強いイタリア国民の間にも、Covid-19への切迫感と連帯意識は極めて強いのです。

ロンバルディア州と思いを同じくするピエモンテ州が、前者に倣ってレストランの再開を遅らせたのは理解できることです。またヴェネト、エミリアロマーニャ、トスカーナなど感染者の多い他の北部各州も、ロンバルディアとピエモンテ両州と同じように経済活動の拙速な全面再開には慎重な姿勢です。

それでもベニスが州都であるヴェネト州は、隣のフリウリ・ヴェネツィア・ジュリア州との間の人の往来を、政府の決めた期日を前倒しして再開すると決めました。そのようにイタリアでは中央政府の決定と地方のそれが違うことがよくあります。それは双方が合意の上で起こる齟齬です。

イタリア共和国の政治の仕組みは、地方がまず在って、その地方の合意の上に中央政府が存在する、と考えればよく理解できます。各地方の多様性が重視されるのが当たり前なのです。多様性が大きいと国家はまとまりに欠けるように見えます。

だがそこ には大きなプラス面もあります。つまり多様性がもたらす精神の開放と、それに触発された人々の自由な発想の乱舞です。誰もが自説を曲げずに独自の道を行こうと頑張る結果、イタリア共和国にはカラフルで多様な行動様式と、あっとおどろくような 独創的なアイデアが国中にあふれることになります。  

そして何よりも大切な点は、イタリア人の大多数が、「国家としてのまとまりや強力な権力機構を持つことよりも、各地方が多様な行動様式 と独創的なアイデアを持つことの方がこの国にとってははるかに重要だ」と考えている事実です。言葉を変えれば、彼らは、「それぞれの意 見は一致しないし、また一致してはならない」という部分でみごとに意見が一致するのです。

多様性を尊重し重視しようとするイタリア国民の確かな哲学は、凄惨な新型コロナ危機を経ても無くなっていません。各州に代表されるや地方自治体が、中央政府や他の地方とは違う歩みを歩むことを恐れず、恐れるどころかむしろわが道を行く気概を強調しつつ、イタリアは独自のやり方で復興への道筋を見極めようとしています。

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3密空間で食べるイタメシの味

イタリアの経済は新型コロナウイルスによって破壊されました。いうまでもなくそれは欧州のほとんどの国を含む世界中が同じ状況ですが、欧州財務危機以来の不況と借金苦に悩まされているイタリアの現実はより深刻です。

ジュゼッペ・コンテ首相が5月4日からのロックダウンの段階的緩和を発表したとき、営業開始が遅れるレストランなどの飲食業者と美容師組合などは早速大きな抗議の声を上げました。

それに呼応するように、南イタリア・カラブリア州のヨーレ・サンテッリ( Jole Santelli )知事は、レストランほかの飲食店の営業を政府が指定する6月1日からではなく、解除初日の5月4日から許可すると宣言して物議をかもしました。

またベニスではレストランオーナーや美容師らが街の中心のサンマルコ広場に集合して、6月1日を待たずに営業を許可しろと抗議デモを行いました(冒頭写真)。世界に名高い観光都市ベニスを象徴する美しい広場での怒りの集会は、主催者の思惑通りメディアの注目を集めました。

5月4日の第一段階の規制緩和では、約450万人が働く製造業と建設業の営業が許可され、5月18日からは飲食業と美容業以外のほとんど全ての業種の営業が始まる、とされました。しかし営業許可が遅れる業種からは強い不満が沸き起こったのです。

感染拡大への恐れと、経済のさらなる破壊を懸念する声が激突して、イタリアは騒然としました。多様性を何よりも重んじ、自己主張の噴出を当然のこととして受容するイタリア社会の、いつも通りのにぎやかな光景です。

業種ごとに営業許可の日にちが違うのは不公平という反論と、経済の全面的な再始動を要求する財界からの強い圧力にさらされたイタリア政府は、ついにレストランや美容室を含む全ての業種の営業を5月18日付けで許可すると発表しました。

それを受けてイタリア高等保健研究所(ISS)と全国労働災害保険機構(INAIL)は、レストランなどの飲食店とビーチ施設等の営業条件を発表しました。その内容は:

1.客はレストランへの出入りの際にはマスク着用を義務付けられ、トイレに行くときなど席を離れる際にもにも必ずそれを着ける。

2.テーブルはウエイターの動きも勘案して、4メートル四方内に1セットだけ置くこと。飲食費の精算は人と人の接触を避けるために、できるだけWebなどによる電子決算にすること。

3.メニューは伝統的なものではなく人が直接に手で触れないものにする。たとえば黒板表記にする。あるいは使い捨ての紙などに書く。またWEBやアプリで見る形などにする。

3.店の必要な場所、たとえばバスルームの出入り口などにはたえず消毒薬を用意しなければならない。客はその使用を義務付けられる。

4.また入店を待って客が集まったり、待合室で人が密集したりすることを避けるために、予約制で営業すること。同じ理由でビュッフェも禁止とする。

など、など。


それらの設備やルールの多くは店側に課せられるものです。だが客にとってもひどく窮屈な内容です。むろん必要不可欠の措置なのでしょうが、いかにも重苦しい。

個人的には、食べている時間以外は店の中でもマスク着用が義務付けられる環境は、密閉空間にウイルスがふわふわ浮かんでいるような印象。そんなところで、わざわざ金を払って食事をする気には残念ながらなれません。

しかしレストランでぺちゃくちゃ“しゃべり”ながら食べたり、ビーチで家族や友人と“しゃべり”遊んだり、いつでもどこでも寄り集まって“しゃべり“ふざけるのが大好きなイタリア人にとっては、ウイルスがいようがいなかろうが、レストランに行けること自体がきっと既に至福なのです。



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多様性はそれを知らない者も懐抱する 

先日の記事「多様性という名のカオス」を読んだ保守系の読者の方から、「やはり多様性は良くないのですね」という趣旨のメッセージが届きました。

人は文章を読みたいようにしか読みません。あるいは自分の都合のいいようにしか解釈しません。よくメッセージをいただくこの方は民族主義的思考法が強く、多様性をほとんどアナキズムと同義にみなしています。

千差万別、多彩、人それぞれ、 百人百様、十人十色、 多種多様、、蓼食う虫も好き好き 、各人各様、など、など。人の寛容と友誼と共存意識の源となる美しいコンセプトを理解しません。

言うまでもなく彼は間違っています。多様性というのは絶対善です。絶対とはこの場合「完璧」という意味ではなく、欠点もありながら、しかし、あくまでも善であるという意味です。つまり、例えば民主主義と同じです。

民主主義はさまざまな問題を内包しながらも、われわれが「今のところ」それに勝る政治体系や構造や仕組みや哲学を知らない、という意味で最善の政治体制です。

また民主主義は、より良い民主主義の在り方を求めて人々が試行錯誤を続けることを受容する、という意味でもやはり最善の政治システムです。

言葉を変えれば、理想の在り方を目指して永遠に自己改革をしていく政体こそが民主主義、とも言えます。

多様性も同じです。飽きることなく「違うことの良さ」を追求し歓迎し認容することが、即ち多様性です。多様性を尊重すればカオスも生まれます。だがそのカオスは多様性を否定しなければならないほどの悪ではありません。

なぜならそれは、多様性が内包するところのカオス、つまり千般の個性が思い思いに息づく殷賑にすぎないからです。再び言葉を変えて言えば、カオスのない多様性はありません。

多様性の対義概念は幾つかあります。全体主義、絶対論、デスポティズムetc。日本社会に特有の画一主義または大勢順応主義などもその典型です。

筆者はネトウヨ・ヘイト系排外差別主義と極端な保守主義、またそれを無意識のうちに遂行している人々も、多様性の対極にあると考えています。

なぜなら それらの人々は、彼らのみが正義で他は全て悪と見做す視野狭窄の習慣があります。つまり彼らは極論者であり過激派です。むろんその意味では左派の極論者も同じ穴のムジナです。

それらは絶対悪ですが、多様性を信奉する立場の者は彼らを排除したりはしません。 ネトウヨ・ヘイト系排外差別主義や極右は悪だが、同時にそれは多様性の一環でもある、と考えるのです。

多様性の精神は、「それらの人々のおかげで、多様性や寛容や友愛や友誼や共存や思いやり等がいかに大切なものであるかが分かる」という意味で、彼らはむしろ“必要悪”であるとさえ捉えます。

先に触れた記事「多様性という名のカオス」の中で筆者は、

多様性を重視するイタリア社会は平時においては極めて美しく頼もしくさえあるが、人々の心がひとつにならなければならない非常時には、大きな弱点になることもある。今がまさにそうである。

と書きました。メッセージを寄せた方はそれを読んで、彼流の解釈ではあたかも多様性を否定しているとも見えるらしい筆者の言葉尻をとらえて曲解し、大喜びしたようです。

しかし真実は違います。多様性は非常時には大きな弱点になること“も”ある。という書き方でも分かる通り、筆者はそこでは単純に可能性の話をしただけなのです。

最も重要なことは、多様性が平時においては美しく頼もしいコンセプトである、という点です。非常時には平時の心構えが大きく作用します。つまり、多様性のある社会では、多様性自体が画一主義に陥り全体主義に走ろうとする力を抑える働きをします。

一方でネトネトウヨ・ヘイト系排外差別主義がはびこる世界では、その力が働きません。それどころか彼らの平時の在り方が一気に加速して、ヘイトと不寛容と差別が横行する社会が出現してしまいます。

日本で最後にそれが起きたのが軍国主義時代であり、その結果が第2次大戦でした。日本まだ往時の悪夢から完全には覚醒していない。つまり日本社会には多様性が十分には存在しない。その証拠が「多様性の枢要を理解しない国民の多さ」です。

多様性を獲得しない限り、あるいは多様性の真価を国民の大多数が血肉となるほどにしっかりと理解しない限り、日本は決して覚醒できず、従って真の民主主義と多文化と人種共存の意義も認識できない、とさえ筆者は懸念します。

 


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報道とオピニオンの狭間

イタリアはロックダウンの段階的解除2週目に入りました。解除第一週目の後半には、いわば「自宅軟禁」からの解放感に我を忘れた人々が、大挙して街にくり出して感染拡大への懸念がふいに高まりました。

特に感染爆心地・ロンバルディア州の州都、ミラノにあるナヴィリオ地区の人出が大きく取り上げられました。ナヴィリオはミラノ屈指のおしゃれな街。その日はマスク無しで且つ対人距離も無視した多くの若者が集まって顰蹙を買いました。

さらに悪いことに、その動きはミラノだけではなく、感染者の少ない南部イタリアの主要都市でも起こっていたことだと判明。早くも感染拡大が再開するのではないか、とイタリア中が大きな不安に揺れました。

ところで、緩和に向かっているイタリア全土のロックダウンの開始日については、3月9日、3月 10日、3月11日、3月12日、などの説があります。それ以前の地域限定の隔離・封鎖処置などの影響もあって、時系列の情報が混乱して伝えられがちです。

また政府発表が事前にリークされたり、政策発表の日と施行日が混同していたり、さらに法令の内容が迅速に変わったりするのも混乱の原因です。

ロンバルディア州を中心とする北部5州に適用されていたロックダウンが、全土に拡大されたのは3月10日からですが、措置の発表は3月9日です。

そして3月11日にはその強化策が明らかにされて、翌3月12日から施行されます。この日からレストランなどの飲食店も営業が全面禁止になりました。それまでは時間を短縮しての営業が認められていました。

イタリア全土の過酷なロックダウンは「3月12日をもって完成した」というのが筆者の考え方です。従って筆者は「イタリアのロックダウンは3月12日に始まった」と書き続けてきました。だが正確には、3月10日に始まった、と言うべきでしょう。

そこで筆者は、イタリアのロックダウンの一部解除をテーマにした記事「イタリアは石橋をたたき、またたたいては渡ると決めた」から、ロックダウン開始日の表記を「3月10日」と改めました。

時事ネタの場合は、「報道ではなくいわば“報道にまつわる私見や考察”を書く」というのが筆者のスタンスです。従ってロックダウンの正確な日にちは筆者にとってはそれほど重要ではありません。そのことを「どう思うか」がポイントなのです。

だが同時に、ブログを情報源として読んでくださる読者がいることも筆者は知っています。従っていい加減なことは書けません。そこでイタリアのロックダウン開始日の“ぶれ”の理由についても書いておこうと考えました。

ブログ記事の場合は、新聞・雑誌・本などの紙媒体とは違って、編集者や校正者がいません。全て書き手がひとりで担います。そのために誤字脱字はもとより、間違いや思い違いや思い込みその他の誤謬が多い。

自らの記事を読み返すたびに、信じられないようなミスを発見します。読み返すたびに添削をしている、といっても過言ではありません。ロックダウンの開始日の不明瞭も、筆者にとってはある意味で誤謬の一つです。

そこでここにお断りの一筆を入れておくことにしました。


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多様性という名のカオス

イタリアが5月4日、新型コロナウイルス感染拡大を抑え込むために導入しているロックダウンの一部を解消してからはじめての週末がきました。

イタリアでは一日当たりの新規感染者数も、累計の感染者数も共に減少し、逆にcovid-19からの回復者の数は増え続けています。

また死者数も減少しています。それでも5月4日以降、昨日までの一日当たりの死亡者数は:
4日195人 5日236人 6日369人 7日274人 8日243人、と依然として多い。総計も30201人となりました。

死者数がすでにイタリアを上回り、感染者数の合計が明日にもイタリアを超えそうなイギリス、またそのどちらの数字も世界最悪のアメリカに比べれば増しかもしれません。が、例えば日本に比較すれば、イタリアは相変わらず地獄の様相を呈しています。

しかしあらゆる数字が状況の改善を示唆してはいます。1人の感染者がウイルスを何人にうつすかを示す基本再生産数 も1を下回っています。イタリアの死者数が多いのはこれまでに感染し重症化した人が亡くなり続けているからです。

それらの事情を踏まえてイタリア政府は5月4日、ほぼ2ヶ月に渡った過酷なロックダウンを「一部解除」しました。ところが多くの地域で人々があたかも「全面解除」のような動きに出て問題になっています。

イタリアの感染爆心地、北部ロンバルディア州ミラノで5月7日、若者を中心とする人々がおしゃれなナヴィリオ地区にどっと繰り出しました。彼らはマスク着用や対人距離の確保の義務などを無視して思い思いに集いました。

感染予防を全く気にしないそれらの人々への非難が殺到し、ミラノ市長は「恥知らずな行為」とまで罵倒して、再び同じことが起こるなら即座にナヴィリオ地区を封鎖する、と宣言しました。

ところが同様な光景はイタリア中に展開されて、感染拡大への懸念が募っています。特に感染者の少ない南部の主要都市で、ミラノにも勝る人数の人々が密集しマスクも外して談笑する様子が多く見られました。

この週末に感染拡大があってもそれはすぐには表面化しません。結果が明らかになるのは来週以降です。そこでCovid19関連の数字が悪化すれば、政府や地方自治体は規制を強化する可能性が高い。

しかし数字に変化が見られなければ、当局が厳しい動きに出るのは困難になり、人々の開放感はますます募って感染予防策がおろそかになることでしょう。

イタリアのコロナ禍は世界のそれと同じように全く終わってなどいません。行過ぎた規制緩和や人々の安易な行動は、将来大きな災いを呼び込む危険性が高い。

多様性を重視するイタリア社会は平時においては極めて美しく頼もしくさえありますが、人々の心がひとつにならなければならない非常時には、大きな弱点になる可能性もあります。

今この時がまさにそうです。


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ロックダウンに便乗する“ままごと”

以前の記事に

“手始めに、次のエントリーあたりでイタリア全土が封鎖された中での具体的な生活の様子を書いてみようと思う。イタリアの切羽詰った状況が日本に飛び火するようなことがあれば、もしかすると、このブログを読んでくれている日本の読者の皆さんの役に立つかも知れないから云々”



書いたものの、中々すぐには行動できずに来ました。他のテーマで書くべきことが多すぎたからです。また筆者は3月の初旬からほぼ完全に自宅籠りの生活を送っていて、これといって特別な要素もない、ということにも気づきました。

加えて、北部イタリア・ロンバルディア州の片田舎にある筆者の住まいには、周辺の家のほとんどがそうであるように庭があり、おかげで開放感があります。さらにそこは古い落ちぶれ貴族の邸宅だった場所で、床面積が広い。普段はひどく持て余している無駄な空間や不便な造りが、巣ごもりの生活では息抜きさえもたらす要素になっています。

そんな場所での隔離生活なので、特殊なケースであり、従ってその内容を書いてもあまり役に立つ情報にはならない、という疑念がありました。しかし、強制的な外出禁止がいかなるものであるかの「一例」として、書いておくのも悪くない、と思い直しました。また5月4日から始まるロックダウンの段階的解除がうまくいけば、隔離生活の記憶も薄れていくだろうから今がチャンス、とも考えました。

「自宅監禁」と呼んでもかまわない厳しい外出制限が真に苦痛になるのは、多くの場合おそらく都会生活者においてです。特に庭やバルコニーのない狭いアパートやマンションに住む、且つ子供のある家族にとっては極度の苦悶に違いない。またイタリアの場合は、一戸当たりの面積が欧州の中では狭い部類に入ります。かつてウサギ小屋と揶揄された日本ほどではないにしても、家族全員が長期間閉じこもるには厳しい環境です。

苛烈な外出制限や移動規制に象徴される隔離封鎖、あるいはロックダウンが敷かれている日常は、敢えて表現すれば「自由な監獄」です。数は少ないが営業を許されている仕事や病気など、れっきとした理由があれば外出はできます。食料の買出しも可能です。散歩や運動も自宅内や敷地、また集合住宅の中庭などでならできないことはない。牢屋のようだが少しの自由はあるので「自由な監獄」、と。

筆者の家族の場合は、庭を歩いたり屋内で少し動きはするものの、自主隔離とロックダウン期を加えたほぼ2ヶ月間、一歩も家の外に出ていません。食料の買出しにさえ出ない。普段から食料の備蓄が少しあることと、外出自粛(法令による禁止ではなく)が奨励されていた時期に、割と多目の食料や必需品を買い集めているからです。

自主的に自宅待機を始める1週間ほど前から、筆者は家族と共に少しづつ食料の買い置きを始めました。加工牛乳にはじまるロングライフ食材を買い求め、肉類も多く冷凍庫に備蓄しました。自宅待機を始めてからも同じ動きをしました。筆者は長い自宅隔離を意識して、呆れる妻を無視しては、ビールやワインも大量に買い込みました。街に出て日本酒までも仕入れました。

わが家は田園地帯にあって買出しには常に車が必要なこともあり、もともと食料を多めに備蓄する習慣があります。それに加えて、友人らを招いて庭でバーベキューをしたり飲み会や食事会などをすることも多い。それに備えての食材の買い置きもごく普通の行動パターンです。元々飲食品の蓄えが多いところに、ロックダウンを意識しての買いだめも進めました。おかげで2ヶ月も閉じこもった今でも、なおかつ食料や飲み物の余裕があります。

それでも野菜や果物などの生鮮品は今日までに3度配達してもらいました。住まいのある村のスーパーや食料品店など、営業を許されている生活必需品店は、頼めば宅配サービスをしてくれるのです。そのこと自体は便利なのですが、実はそこには自ら店に出向いて食材を買う時とは違う不安があります。

店で買い物をするときは、自分の手で商品に触り、仕分けをし、自分で全てを制御します。が、配達の場合は品物の接触も運搬も何もかも全て他人任せです。従って荷物の受け渡しの際や、あるいは荷物そのものにさえ、スーパーの人混みの中と同様にウイルス感染の可能性があるのではないか、と不安を覚えたりしないでもないのです。

筆者は一歩も外出をせずに 読書三昧 の暮らしをしています。 その合間に 執筆をし、料理をして食べ、風呂やシャワーを使い、WEBを巡り、少しだけ妻のおしゃべりに付き合い、日伊英3ヶ国語のニュースを見、読み、聞き、最後にRAI(イタリアのNHK)の夜のニュースをじっくり見ながらワインやビールを飲む、という暮らしを続けています。それは退屈どころか、読書用に1日当たりあと数時間は余計に時間がほしい、とさえ思う日々です。

繰り返しになりますがイタリアは5月4日、ロックダウンの一部を解除します。それに伴い、先ず製造業や建設業などで約450万人の勤め人が仕事に復帰します。段階的解除については賛否両論が渦巻いています。営業再開が遅れる美容業界などは激しく反発。すると即座にそれらの動きに便乗する政治家などが騒がしく声を上げ始めました。また感染者が少ない南部カラブリア州は、6月1日からの営業開始、と国が決めたレストランやカフェなどの飲食店の営業を、5月4日から許可する、と宣言して物議をかもしたりもしています。

急展開を主張するのは少数派です。国民の多くは、ここまでの新型コロナの脅威を恐れて、慎重な解除を望んでいます。だがそこは悩ましい状況です。良く言えば陽気でカラフルな多様性が目覚ましい国、イタリア。悪く言えばジコチューでまとまりのない人々がひしめく国、イタリアです。異を唱え「わが道を行く」と叫んで譲らない者には事欠きません。

新型コロナウイルス以前も不調だったイタリア経済は、2月以来のウイルスとの過酷な戦いによって大きなダメージを受けました。Covid-19にまつわる多くの数字が感染の沈静化を示唆している今、過酷なロックダウンを徐々に緩和して経済を動かし、「自宅待機疲れ」がピークに達している人々のストレスを軽減するのは必要不可欠なことです。だがそれには飽くまでも、「感染拡大がぶり返した場合には即座にロックダウンに移行する」というコンテ首相の宣言が、担保として付いてまわることを願いたいと思います。




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新型コロナのせいで書きそびれている事ども

2月初め以来、新型コロナウイルスにまつわる話ばかりを書いてきました。なにしろ突然にイタリアが世界最悪のCovid19跋扈地となり、中でも筆者の住まう村を含む北部ロンバルディア州が、正真正銘の感染爆心地となりました。身の危険も感じつつそのことについて書き続けてきました。

イタリアは相変わらず苦境の中にいます。日本は「日本式のロックダウン」つまり緊急事態宣言の延長を決めました。新型コロナウイルスはそれ自体のおぞましさはさて置いて、良い意味でも悪い意味でもあらためて欧州と日本の根本的な違いにも気づかせてくれました。それを実感できるのは外国に住まう者の特権、というふうにも思います。

古来、祖国を出て外国をさまよう者には根無し草の悲哀というものが付きまとうものですが、筆者の中にはそういう気分が全く生まれませんでした。それは生活や境遇や生業などが原因で「無理やり」国を出なければならなかった人々と違って、筆者が「すき好んで」外国に出奔した人間だからでしょう。しかも英国、米国、ここイタリアと移り住みました。その間には多くの国々も訪れました。

悲哀など感じる暇はありませんでした。今後もさらに多くの国や地域を旅するつもりでいたところに、新型コロナウイルスの惨禍がやってきました。人生はげに何があるかわかりません。新型コロナはむろん憎むべき変災ですが、それには人間の驕りへの懲罰、という意味合いが込められているようにも感じます。人間はコロナ禍を機に少しは謙虚になっていくのかもしれません。

そうなれば人類も捨てたものではない。世界中でたくさんの人がバタバタ倒れている今はまだ少し早く、敢えて口にすれば不謹慎のそしりを免れない、と感じつつもあえて言葉を選ばずに書いておきます。つまり、もしも新型コロナウイルスのおかげで人間が「自然や和平や科学や道理の前に恭謙な存在」になるのなら、コロナ禍もまた悪くはないのかもしれない、と。

月9ドラマ「監察医 朝顔」

民放のドラマは欧州では多くの場合、数ヶ月~半年ほどの遅れで放映されます。監察医の主人公と刑事の父親と夫に絡めて、東日本大震災で行方不明になった母親と、彼らが仕事で関わる「遺体」を輻輳させ深化させる手法のこのドラマも同じ。イタリアが新型コロナウイルス感染爆発の地獄に陥る直前に最終回が放映されました。

途中の回では、行き倒れた老人と息子が意味深な親子関係だったらしいことを匂わせるエピソードを挿入しながら、結局ふたりの間の壮絶な(?)ドラマは描かれませんでした。それはシリーズのまたドラマ構成上のあきらかな破綻です。

「そこにある銃は発砲されなければならない」とするいわゆるチェーホフの銃は、ドラマ作りにおけるプロットの重要性を説く理論で、劇中に提示されるあらゆるものには意味がある、という本則を伏線のあり方にからめて語っています。言葉を変えれば「劇中に余計な要素を入れてはならない」ということ。「監察医 朝顔」の死んだ老人と息子のエピソードがまさにそれです。

突然提示された行き倒れの老人と息子のエピソードは、そこに披露された以上必ずストーリーが展開され深化されて全体の中の必然にならなければならない。ところが一切そういうことは起きず、エピソードは無意味にそこに投げ出されて無意味に消えるのです。

最終回では津波に流された母親の死のトラウマを克服する朝顔が描かれます。それはいいのですが、夫の桑原があるいは事故で死ぬのか?と視聴者の気をひきつける展開を示唆しておきながら、何もなかったという安易なドラマ作りになっています。それもまた行き倒れの父親と息子の挿話と同じ粗略さでつまらない。

もう一つ重要な瑕疵に見えるコンテンツを指摘しておこうと思います。

朝顔の監察チームは、それぞれが医学のエキスパートですが、ドラマで重要な役割を負っている「死体」を常に「ご遺体」と呼びます。筆者はそこにも強い違和感を覚えました。実際の監察医たちもそうなのでしょうか?死体を遺体と呼ぶのは、亡くなった人への尊称です。

「ご遺体」と呼ぶのはもっと真摯な言葉です。特に日本には死者を貶めないという風習があります。悪人でも亡くなってしまえば仏であり敬意の対象です。ほとんどの日本人はそれを肯定的にとらえます。だが死体を解剖して死の謎を解明する監察医は科学者です。科学者は、科学する対象に対しては余計な感情移入をしないほうがいい。してはならない。それでなければ冷静な分析や考察や解析が雲る可能性があります。

「ご遺体」という言葉は、ドラマを観ている視聴者の心情に配慮してのフィクションだと思いますが、余計な忖度です。もしも実際の監察医たちが、遺骸を常に「ご遺体」と呼んでいるようなら、筆者はもっとさらに違和感を覚えます。行過ぎた礼はマナーではなく、慇懃無礼という不実です。


壇蜜のイスタンブール

壇蜜がトルコのイスタンブールを旅する紀行ドキュメンタリー『壇蜜 生と死の坩堝』 。壇蜜というタレントはとても興味深い。女性的という意味でもそうですが、知性的にもなにかがある、と感じさせます。彼女が遺体衛生保全士であったり葬儀の仕事をしていた体験などが、艶っぽい外観と不思議に調和している気配があって面白いのです。

街の雰囲気も彼女の自然体の紀行報告も悪くありませんでした。筆者も知っているイスタンブールの街が別の印象になって提示されていました。ベリーダンサーとの交流シーンでは、ひたすら性的なだけと見られがちなベリーダンスが、激しい体の動きによって人を楽しませることが主眼のショーだと訴えます。

ベリーダンスの衣装に着替えて体当たりで取材をする壇蜜と、若く美しく且つ小さな子供の母親でもあるダンサーの言動に説得力があって、ベリーダンスへの見方が変わること請け合いのシークエンスになっていたように思います。

タイトルの「生と死の坩堝」にからむエピソードでは、しかし、イスラム教を特別視する姿勢が強すぎて違和感も覚えました。葬儀を取材したものですが、死者の親族の叔父が「死は終わりではなく、始まり」と語ったあとに、壇蜜が「死者に行かないでとすがる気持ちよりも、“逝くなら見送らなくちゃ”という気持ちのほうが強いように思う」と語るシーンは嘘っぽい。

彼らはわれわれ日本人と全く同じように死を悼み、恐れ、愛する者をなくした苦しみの中で、「行かないで!」と懇願しながらそこに立ち尽くしているだけです。それ以下でもそれ以上でもない。イスラム教徒だけが、あるいはイスラム教の教義だけが、その普遍的な心情とは違う思想や哲学を宿している、と示唆するのは偏見や差別の温床になる可能性さえ秘めた危険な見方です。


食の起源

NHKスペシャルの「食の起源」は、テーマも情報も眼目も構成もいいのに、TOKIOというあまり必要とは思えないナビゲーターを置いたおかげで、違和感のある仕上がりになりました。

TOKIOのファンにはうれしい仕掛けなのでしょうが、この手の番組にはナビゲーターやレポーターは不似合いです。これは決してTOKIOが悪いという意味ではなく、ドキュメント内容以外の要素はNGという意味です。

ご飯(米)、塩、脂、酒、、美食、と取り上げられた素材を見るだけでも心躍るような構成。だが、せっかくの知的好奇心を満たす要素に、TOKIOのほとんど中身のないコメントや空騒ぎが織り込まれて、全てを台無しにしていると感じました。

タレントを使って視聴率を上げる腹積もりは分かりますが、番組の質が落ちるばかりで感心しない。せめて彼らの喋りの中に新たな情報が含まれていればまだ我慢もできますが、文字通りのダベリ一色。むろんそれはディレクターを始めとする制作サイドの不手際です。出演者は台本に沿って喋っています。

知的なテーマや、内容の濃い「構成もの」の質が悪い時に、タレントを添えてゲタをはかせるのは、民放の番組の十八番です。NHKは民放的「殷賑依存症」の番組作りをするようならあまり存在意義はありません。それならば民放になれ、と言われても返す言葉がなくなるのではないでしょうか。

大相撲3月場所

史上初の無観客での興行。白鵬が、もはや優勝回数を数えるのさえつまらないほどの回数で、また優勝。場所後に朝乃山が大関昇進を果たしました。だが、最近は栃ノ心、高安、豪栄道など、大関から陥落する力士が相次いでいて、申し訳ないが朝乃山にもあまり期待する気が起こりません。大関というのは昔はもっとずっと強かったようなイメージがありますが、それは子供時分の筆者の錯覚だったのかもしれません。

観客のいない取り組みは初めのころこそ違和感がありました。だが筆者は割合と早い段階で慣れました。それは土俵上の申し合いが真剣勝負であるのがよくわかったからです。若いころに、元大関貴乃花の藤島部屋で真剣勝負のぶつかり稽古を見たことが、筆者の大相撲への信頼の強い土台になっています。

大相撲に八百長があったのは事実でしょうが、筆者はそれが世論の猛烈な指弾に遭って矯正されたと信じています。なぜならテレビ画面から伝わってくるのは、筆者が学生時代に間近で感じた力士たちの真剣で厳しい息遣いと、緊張と裂ぱくの気合が激突するガチンコの凄みと同じ空気だったからです。

だからといって大相撲を無観客で見続けたいとは思いません。大相撲の醍醐味はやはり、多くのファンの声援が飛ぶ会場での取り組みにこそある、と強く感じます。

新外来語の威力

筆者が知る限り、日本語にはつい最近まで、疫学で「小規模の感染者集団」をあらわすクラスターという言葉はありませんでした。少なくとも「日常日本語」には見られなかった。それは新型コロナウイルス感染症対策に関する政府の専門家会議が初めに使って、たちまち一般化したものです。

日本の専門家たちには知見が不足していた。そこで英語を持ち出して概念を表現しました。お上のその決定を従順な大衆が受け入れました。地域封鎖や隔離や移動禁止などが合わさった「ロックダウン」、爆発的な感染流行を示すとされる「オーバーシュート」という英語由来の外来語も全く同じです。

筆者はそういう日本社会の大勢順応・迎合主義、つまり何事につけ主体的な意見を持たず「赤信号、皆で渡れば怖くない」とばかりに大勢の後ろに回って、これに付き従う者や風潮や精神に強い違和感を覚える者です。従って文章を書く際には、それらの言葉を極力用いない、と抵抗を試みました。

ところが三つの言葉は、“即座に”という形容が過言ではないほどの速さで一般化しました。感染者集団や隔離封鎖また感染爆発などという日本語よりも、伝達が早くコンセプトもよく理解されます。そこで今では筆者も、締まらない話ながら、そうした言葉をひんぱんに使うようになってしまいました。

それは悪く言えば日本人の節操の無さ、良く言えば日本語ひいては日本文化の柔軟な精神を端的にあらわしている、というふうにも見えてとても面白いとも感じます。



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石橋をたたき、またたたいては渡る

新型コロナ感染拡大を防ぐために欧州で最も厳しく且つ最も長くロックダウンをしてきたイタリアは、5月4日から段階的に封鎖を解除していくことになりました。

全土に渡るイタリアのロックダウンは3月10日に始まりました。国民は自宅待機を命ぜられ、医療とライフラインに必要な仕事以外の経済活動は全て禁止されました。

累計およそ19万8千人の感染者と、2万7千人の死者が出たあとの4月26日、イタリアの1日あたりのCovid19死者数は、3月14日以来もっとも少ない260人となりました。

ロックダウンの段階的解除はそのタイミングで発表されましたが、1日あたりの新たな感染者数や集中医療室患者も減少し、逆に治癒した患者の数は増えています。それらの事実が規制緩和の決め手となりました。

段階的解除の主な内容は:

5月4日の月曜日から製造業や卸売業及び建設業の再開を認める。人々の運動のための外出、公園への出入り、少人数で且つマスクを着けての親族との面会も許可する。

一方、許可のない人々の州境をまたいでの往来は、5月4日以降も継続して禁止。また学校も引き続き9月までは休校とする。

厳禁だった葬儀も、5月4日からは参列者15人までで、且つできる限り屋外で開くことを条件に認める。またスポーツ選手は個人での練習を再開できるが、団体での活動は5月18日まで待つこととする。

プロサッカーリーグ、セリエAの再開は、無観客での試合開催の可能性を含め、今後の検討事項とする。

レストランは、5月4日から客が店に立ち寄ってのテイクアウトの営業も認める。ただし料理は自宅で消費されなければならない(ロックダウン中はレストランは料理の宅配サービスのみ許されていました)。

5月18日からは商店など小売業の営業、美術館、博物館、図書館などの開館が許可される。またその2週間後の6月1日からは美容院やレストラン、カフェ、バールなどの飲食店も全面解禁とする。

イタリアは2月22日、北部ロンバルディア州での感染爆発を受けて同州の一部地域の隔離・封鎖を閣議決定しました。3月9日にはさらなる感染拡大を受けてロックダウン措置を同州の全域に拡大。それでも感染が爆発的に増え続けたため、3月12日には全土封鎖に踏み切りました。

それは医療と食料とライフライン従事者以外の国民を、それぞれの自宅に押し込める前代未聞の厳しいロックダウンでした。地域限定の最初のロックダウンから2ヶ月余り。イタリアの施策は効を奏して、未だに死者は多いものの感染拡大の勢いは収まりつつあります。

言うまでもなくワクチンや治療法が開発されるまではまったく予断を許しません。しかしイタリアは、ロックダウンによって瀕死の重体に陥っている経済を稼動させなければ、イタリア共和国そのものが崩壊しかねない瀬戸際に立たされました。

それを受けて段階的な封鎖の解除を決定しました。全ての規制緩和は感染状況によって柔軟に変更されます。また感染が再び拡大した場合には、イタリア政府は即座にロックダウンを再導入する腹積もりです。

イタリアの動きはイギリスを除く欧州主要国と近辺の国々にも波及しようとしています。

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