花火のように炸裂し消滅したイタリア新首相の学歴詐称問題と日本人

イタリアの2大ポピュリスト政党である五つ星運動と同盟の連立政権が発足し、五つ星運動に近い大学教授のジュゼッペ・コンテ氏が第65代イタリア首相に就任しました。政治経験が一切ないコンテ氏の首相就任までには紆余曲折がありました。

議会第1党の五つ星運動と第2党の同盟が、長い連立政権協議を経てコンテ氏を首相候補としてマタレッラ大統領に推薦したのは5月21日。その6日後にコンテ氏は憲法の規定に則って閣僚名簿をマタレッラ大統領に提出しました。

ところが、閣僚認否権を持つマタレッラ大統領は、財務相候補者が反ユーロ、反EU主義者であることを理由にこれを否認。その瞬間にコンテ内閣の成立が不可能になりました。しかし、五つ星運動と同盟はあきらめずに別の財務相候補を立てて大統領に打診。マタレッラ大統領は新財務相候補を受け入れて、マタレッラ氏に再び組閣要請を出しようやくコンテ内閣の誕生となりました。

実は五つ星運動と同盟がコンテ氏を首相候補としてマタレッラ大統領に推薦した直後にも、コンテ内閣が不成立になっても不思議ではない「事件」がありました。コンテ首相候補が学歴を詐称しているという疑惑が飛び出して、イタリア中が騒然となったのです。

学歴詐称の真相

コンテ首相候補の学歴詐称疑惑は、彼が政治的に全く無名の存在だったことも手伝ってメディアの興味を掻き立て、マタレッラ大統領が「連立合意をした2政党の推薦に基づいてコンテ氏を首班に指名する」というシナリオも即座に白紙に戻った、と誰もが考えたほどの騒ぎに発展しました。

しかしマタレッラ大統領は、マスコミの騒ぎに便乗することはなく、コンテ首相候補と面会して長い会談を持ちました。その上で彼に予定通り組閣要請を出したのです。そうやって学歴詐称問題はメディアが騒ぐほどの案件ではない、との大統領の判断が下される形で自然消滅しました。

大統領は実際にコンテ氏の学歴について本人に質し、それに嘘があるという一部マスコミの主張の方こそ嘘だ、とは言わないまでも大げさすぎると判定したのでしょう。コンテ首相の学歴詐称問題は、コンテ氏が短期に学んだというニューヨーク大学の記録にその記述がない、という報道から火が点いて一気に燃え上がりました。

コンテ氏の学歴にはニューヨーク大学のほかに英ケンブリッジ大学、仏ソルボンヌ大学、米イェール大学でそれぞれ短期に学び、オーストリアやマルタの大学での短期受講なども含まれています。結局それらは、勉強熱心だった若かりし頃のコンテ首相が、休暇や空き時間を利用してせっせと世界中の大学に通い、交流し、体験を積み重ねた過去を書き連ねたものだったのです。

陰謀説

ニューヨーク大学の反応の速さと、直後の騒ぎの広がり方の激しさに驚いた人々は当初、五つ星運動と同盟の連立政権構想に恐怖感を抱く「体制」側の陰謀ではないか、との疑問も呈していました。そこでいう体制側とは、まず誰もが思い浮かべるのがベルルスコーニ元首相とその周辺です。

元首相は五つ星運動とほとんど「陰惨な」と形容してもいいような政治衝突を続けています。そこに朋友だった同盟が五つ星運動と連立を組み、元首相と同盟党首のサルヴィーニ氏との間にも齟齬が生まれ始めました。元首相はいま「恨み骨髄に徹する」心境であろうことは容易に推察できます。

また元首相は、彼に科されていた公職追放処分をミラノ地裁が破棄したことを受けて、選挙に立候補し再び首相職を目指すこともあり得る、と公言しています。元首相は、2013年に脱税容疑で有罪判決を受け、議員資格を剥奪されました。同時に6年間の公職追放処分も科されました。ところがミラノ地裁は、彼の行動が模範的であるとして先日、刑期を前倒しして免責処分としたのです。

それに気を良くしたベルルスコーニ元首相は、五つ星運動と同盟が共に推薦する首相候補が誰になるのか判明しなかった時期には「我こそ首相にふさわしい」と臆面もなく発言したほどです。

そんな元首相が、自らが所有するメディア王国の情報収集力を縦横に使って、「どこの馬の骨ともしれない」コンテ氏の首相昇格を阻むために動いた、と想像するのは荒唐無稽とは言えません。

もっともその意味では、五つ星運動および同盟と犬猿の仲にあるレンツィ元首相と、彼が支配する民主党主流派にも、同じ嫌疑がかかって然るべきです。選挙で大敗を喫した前政権与党の民主党は、これまた「恨み骨髄に徹する」気持ちを新政権にぶつけて憂さばらしをしようと躍起になっていますから。

元妻の証言

突然脚光を浴びたジュゼッペ・コンテ氏は、人柄の良い生真面目な人物であるらしいことが分かりました。風貌にもそれが現れているように思いますが、筆者は一つのエピソードを知ってさらにその感を強くしました。

コンテ氏は10歳の男児の父親ですが妻とは離婚しています。その別れた妻、ヴァレンティーナさんが次のように発言したのです。
私の元夫に対する誹謗中傷は馬鹿げている。ジュセッペはすばらしいイタリア首相になるでしょう。彼の履歴には嘘はありませんと。

離婚は世の中のありふれた不運です。しかし別れた相手を尊敬し、また尊敬される関係でいるのは、決して「ありふれた」ことではありません。筆者はコンテ氏の元妻の発言に、彼の人柄の良さがにじみ出ていると感じて、少し心が温かくなったような気がしたほどでした。

日本人vsイタリア人

コンテ氏の学歴詐称は、世界中の各大学での短期の受講や研究や交流などをこれでもかと、とばかりに書き連ねたことにあります。休暇などを利用して授業に出る外部の学生の記録が、大学に残らないことは珍しくありません。ニューヨーク大学の受講生記録にコンテ首相の名がなかったのは、そういういきさつなのでしょう。

それにしても、有能な弁護士であり大学教授でもあるコンテ氏は、多くの「どうでもよい」学歴など無視して「フィレンツェ大学法学部卒業」と記せば済むことでした。実をいえば学歴や履歴を必要以上にごちゃごちゃ書き込んだり、時には誇張とさえ見られかねない書き方をするのはイタリア人の特徴なのです。

そして実は、これが一番言いたいことなのですが、日本人も同じ性癖を持っている、と諸外国では見なされているのです。欧米の大学などでは、イタリアと日本からの留学生が携えてくる彼らの大学や担当教授の推薦文はよく似ている、という評価があります。どちらも言わずもがなのことを多く記載しているというのです。

学生に対する大学の推薦文は、普通は卒業証明と成績を簡潔に述べるだけですが、イタリアと日本からの推薦文は卒業証明と成績に加えて、身体頑健で活動的で明るいとか、外交的で思いやりがあり協調的などなど、「余計なこと」を書き連ねたものが多い、とされます。

イタリア人はほめまくることが好きな国民です。人々は顔を合わせるとお互いに相手の様子を持ち上げ、装いの趣味の良さに言及し、これでもかとばかりに相手の美点を探し出して賞賛し合います。それが対人関係の全般にわたって見られるイタリア人の基本的な態度です。

ほめ殺しとさえ言いたくなるポジティブ志向の人間関係の流れの延長で、大学や大学の恩師は学生をほめあげる推薦文を書き、一般的な履歴書や学歴紹介書でも、人々はこまごまと「自らと他人をほめる」 言葉を連ねます。コンテ氏の学歴紹介もそうした習わしの一環なのでしょう。

さて、ほめたり自慢することよりも、謙遜や慎み や韜晦が好きな日本人は、そうした態度が世界ではあまり理解されないことを知って、「外国向け」の履歴書や推薦文などを書くときに「正直」を期そうと懸命に意識します。

意識し過ぎるあまり、日本人は常軌を逸して思わず余計なことまで記載するのではないか、と思います。そうやっていわば明と暗、動と静、顕示と韜晦、のように違うイタリア人と日本人の文章が似たものになるのです。

実体験

実は筆者はそのことを身をもって体験したことがあります。筆者は日本で大学を卒業した直後に、映画を学ぶ目的で英国に留学しました。ロンドンの映画学校に入学しようとするとき、筆者も東京の大学の卒業証明書と恩師の手書きの推薦書を持っていたのです。

映画制作の実践を教えるその学校は、入学の条件として学生が大学卒業資格を持っているか、または2年以上の映画実作の助監督経験があること、としていました。その上でオリジナルの英文のシナリオを提出させて考査するのでした。

筆者の恩師の推薦文には、まさしく日本人の性癖・慣習が顕著にあらわれていて「彼(筆者)は成績優秀で、健康で社交的でかつ協調性も強く云々」という趣旨のことがえんえんと書かれていました。

筆者は全く優秀な生徒ではなかったので、「成績優秀で」のくだりはあからさまな嘘と言っても構いません。しかし、それに続く健康で社交的で云々、という記述は、ま、あたらずとも遠からずというところだったろうと思います。

そうした感傷的な推薦文は、何度も言うように日本人とイタリア人に特徴的なものなのですが、筆者はそのときはそれが当たり前だと考えて何の感慨も抱きませんでした。それがちょっと普通ではない推薦文だと知ったのは、何年か後にアメリカでドキュメンタリー制作の仕事しているときでした。ある大学関係者が笑いながらそういう事情を話してくれたのです。

あれからずいぶん時間が経って今の状況は分かりません。分かりませんが、ある意味でメンタリティーが水と油ほども違う日本人とイタリア人の、外国向けの履歴書や推薦文が良く似ているのはとても面白いことだと考えています。

極論者は皆似ている

それぞれの国内向けの履歴書や推薦文は、イタリアと日本では違う部分もきっとあることでしょう。いずれにしても双方共にあまり合理的ではなく、どちらかといえばやはり情に訴えたい気持ちがあらわな、感傷的で大げさなものである場合が多いのではないか、と思うのです。

履歴書や推薦文の世界でイタリアと日本が似ているのは、あるいは例えが突然かもしれませんが、本来は違う道を行くはずの左翼と右翼が、過激に走って「極左」と「極右」になったとたんに瓜二つになる、ということにも似ています。

嘘ではないものの、本来は書くべきではない些細な勉学の体験をいちいち書き連ねたために、まるで世界のトップ大学を幾つも卒業したのでもあるかのような印象を与えてしまった、コンテ・イタリア新首相の学歴詐称物語には、意外にも日伊共通の顔が隠されていると気づいて筆者は少し愉快になったのでした。

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なかそね則のイタリア通信

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