英国解体のシナリオ

英国下院は12月20日、欧州連合(EU)からの離脱協定法案を賛成多数で可決しました。法案はクリスマス休暇後の2020年1月7日から3日間にわたって審議される予定です。ボリス・ジョンソン首相は「法案は離脱に関するあらゆる遅れも容認しない。英国は2020年1月31日に確実にEUから去る」と表明しました。

去った12月月12日、Brexit(英国のEU離脱 )を争点にして行われた英総選挙で、離脱を主張するジョンソン首相率いる保守党が圧勝し同国のEU離脱がほぼ確定しました。周知のようにBrexitは2016年、その是非を問う国民投票によって決定していましたが、議会の承認が得られないために実行できず、紆余曲折を繰り返しました。

国民投票で民意を離脱へと先導したのは、「英国のEUからの独立」を旗じるしの一つにして愛国心に訴えるナショナリストやポピュリスト、あるいは排外差別主義者らでした。折しもそれは米大統領選でドナルド・トランプ共和党候補が、差別や憎しみや不寛容や偏見を隠さずに、汚い言葉を使って口に出しても構わないと考え、そのように選挙運動を展開して米国民のおよそ半数の共感を獲得しつつある時期に重なっていました。

トランプ候補は英国世論の右傾化の援護風も少なからず受けて当選。その出来事は、ひるがえって、台頭しつつあった欧州の極右勢力を活気づけました。翌2017年にはフランス極右のマリーヌ・ルペン氏があわやフランス大統領に当選かというところまで躍進しました。それを受けるようにドイツでも同年、極右政党の「ドイツのための選択肢」が飛躍して一気に議会第3党になりました。そうした風潮の中でオランダ、オーストリア、ギリシャ等々でも極右勢力が支持を伸ばし続けました。

そして2018年、ついにここイタリアで極右政党の同盟が左派ポピュリストの五つ星運動と共に政権を掌握しました。欧米におけるそれらの政治潮流は、目に見える形でもまた水面下でも、全てつながっています。あえて言えば、世界から極右に近いナショナリストで歴史修正主義者、と見られている安倍首相率いる日本の現政権もその流れの中にあります。

かつて欧州は各国間で血まみれの闘争や戦争を繰り返しました。だが加盟各国が経済的な利害を共有するEUという仕組みを構築することで、対話と開明と寛容に裏打ちされた平和主義と民主主義を獲得しました。経済共同体として出発したEUは、今や加盟国間の経済のみならず政治、社会、文化などの面でも密接に絡み合って、究極の「戦争回避装置」という役割まで担うようになっています。

しかしながらEUの結束は、2009年に始まった欧州ソブリン(債務)危機、2015年にピークを迎えた難民問題、2016年のBrexit国民投票騒動等々で大幅に乱れてきました。同時にEU域内には前述のように極右勢力が台頭して、欧州の核である民主主義や自由や寛容や平和主義の精神が貶められかねない状況が生まれました。

EUは自らの内に巣食う極右勢力と対峙しつつ米トランプ政権に対抗し、ロシアと中国の勢力拡大にも目を配っていかなければなりません。内外に難問を抱えて呻吟 しているEUの最大の課題はしかし、失われつつある加盟国間の連帯意識の再構築です。それがあればこそ難問の数々にも対応できます。そのEUにとっては連合内の主要国である英国が抜けるBrexitは大きな痛手です。

英国自身はBrexitでEUから去っても、政治・経済・社会・文化の成熟した世界一の「民主主義大国」として、あらゆる面でうまくやっていくでしょう。離脱後しばらくの間は、自由貿易協定を巡ってのEUとの厳しい交渉や、混乱や不利益や停滞も必ずあるでしょうが、それらは英国の自主独立を妨げることはありません。

EU域内の人々の目には、英国の自主独立の精神がかつての大英帝国の夢の残滓がからみついた驕(おご)り、と映ってしまうことがよくあります。そこには真実のかけらがあります。だが、その負のレガシーはさて置き、英国民の「我が道を行く」という自恃の精神は本物でありすばらしい。その英国民の選択は尊重されるべきものです。

そうはいうものの独立独歩の英国には、力強さと共に不安で心もとない側面もあります。その最たるものが連合王国としての国の結束の行く末です。英国は周知のようにイングランド、ウェールズ、スコットランド、北アイルランド から成る連合王国ですが、Brexitによって連合の堅実性が怪しくなってきました。スコットランドと北アイルランドに確執の火種がくすぶっているのです。

特にスコットランドは、かねてから独立志向が強いところへもってきて、住民の多くがBrexitに激しく反発しています。スコットランドは今後は、EUへの独自参加を模索すると同時に、独立へ向けての運動を活発化させる可能性があります。北アイルランドも同じです。英国はもしかすると、EUからの離脱を機に分裂崩壊へと向かい、2地域が独立国としてEUに加盟する日が来るかもしれません。

Brexitを主導したボリス・ジョンソン首相が、連合王国をまとめていけるかどうかは大いなる疑問です。総選挙のキャンペーンで明らかになったように、彼はどちらかと言えば分断を煽ることで政治力を発揮する独断専行型の政治家です。Brexitのように2分化された民意が正面からぶつかる政治状況では、独断専行が図に当たれば今回の総選挙のように大きな勝ちを収めることができます。

言葉を変えれば、2分化した民意の一方をけしかけて、さらに分断を鼓舞して勝ち馬に乗るのです。その手法は融和団結とは真逆のコンセプトです。総選挙前までのそうしたジョンソン首相の在り方のままなら、彼の求心力は長くはもたないと考えるのが常識的ではないでしょうか。彼が今後、連合王国を束ねることができる、と見るのは難しいと思います。

英連合王国はもしかすると、繰り返しになりますが、Brexitを機に分裂解体へと向かい、ジョンソン首相は英連合王国を崩壊させた同国最後の総理大臣として歴史に名を刻まれるかもしれません。だが逆に彼は、Brexitを熱狂的に援護するコアな支持者を基盤に連合王国の結束を守りきるのかもしれない。米トランプ大統領が、多くの 瑕疵 をさらしながらも岩盤支持者に後押しされてうまく政権を運営し、弾劾裁判さえ乗り越えようとしているように。

もしも英連合王国が崩壊するならば、大局的な見地からは歓迎するべきことです。なぜなら少なくともスコットランドと北アイルランドが、将来は独立国としてEUに加盟する可能性が高いからです。2国の参加はEUを強くします。それはEUの体制強化につながります。世界の民主主義にとっては、EU外にある英国よりもEUそのもののの結束と強化の方がはるかに重要ですから、それはブレグジットとは逆に、大いに慶賀するべき未来だと言えるのではないでしょうか。

facebook:masanorinakasone

official siteなかそね則のイタリア通信



コメントする

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください