ベニスカーニバルもサンレモ音楽祭も取り憑き殺す激爆ウイルス

2月のイタリアは例年、カーニバルとサンレモ音楽祭で活気づきます。カーニバルはイタリア全国で催される祭り。特にベニスのそれが有名です。また70年の歴史を持つサンレモ音楽祭は、5夜にわたって繰りひろげられるいわばイタリアの「紅白歌合戦」。

2月8日に幕を閉じたサンレモ音楽祭は、視聴率や広告収入が大幅にアップするなど近年にない盛り上がりを見せました。しかしメディアの注目が新型コロナウイルス・パニックに集中してしまい、本来ならもっと高くなるべき筈の祭りへの関心が、著しく削がれてしまいました。

一方ベニスカーニバルは、音楽祭と入れ替わるように2月8日に始まりました。ベニスには近年、時として地元の人々が嫌うほどの数の中国人観光客が押し寄せます。2月25日まで続くカーニバルには、しかし、中国人の姿は多くは見られません。新型コロナウイルスの侵入を恐れるイタリア政府が、1月末から全ての中国便を差し止めているからです。

イタリアが世界に先駆けて中国往来便を無期限全面禁止にしたのは、中国人観光客の激減という弊害はあるものの、どうやら正解だったようです。クルーズ船での感染問題が深刻な日本の状況と比較しての今のところの感触ですが、わざわざ日本とイタリアを比較するのにはそれとは別の理由があります。

新型コロナウイルス恐慌が起きる直前まで、日本は中国で最も人気の高いアジアの海外旅行先という統計が出ていました。一方イタリアは同時期、フランスやスペインまたイギリスなどの人気スポットを抑えて、中国人に最も人気のある欧州での旅行先になっていたのです。

欧州の4国はそれまでも同カテゴリーで熾烈な順位争いをしてきましたが、2019年3月、イタリアが中国との間に「一帯一路」への連携を約束する覚書を交わしたことで、この国に入る中国人観光客が爆発的に増えて、一躍トップに躍り出ました。

覚書以降、中国からの観光客は増え続け、昨年11月にベニスが史上まれに見る水害に襲われたときには、“水の都ベニスが中国人観光客の重さで急速に沈みつつある”というデマが飛ぶほどになりました。

そうした悪意ある風評は、中国人観光客のマナーの悪さや中国人移民の増加、また中国本土の一党独裁政権に対するイタリア国民の不信感など、これまでに醸成された負のイメージが相乗し錯綜して、深化拡大していったものです。

イタリアがいち早く中国便を締め出したのは、言うまでもなくパンデミックへの警戒感が第一義ですが、それ以外にもいくつかの理由があったと考えられます。その第一はEU(欧州連合)の反対を押し切って、G7国として初めて中国との間に前述の 「一帯一路」覚書を交わしたことへの反省です。

EUは中国の覇権主義への警戒感から覚書に難色を示しました。それに対してイタリアは「覚書は拘束力を持つものではなく、我々が望めばすぐに破棄できる」と弁解しました。だがEUの疑念は払拭されませんでした。そこで今回イタリアは、中国便を素早く且つ容赦ない形で排除して、EUの疑念を晴らそうとしたのです。

その施策は、国中にあふれるおびただしい数の中国人移民や、覚書を機に爆発的に増えた中国人観光客への違和感も持ち始めていたイタリア政府と国民にとって、都合の良い一手でもありました。また同時にそれは、観光産業への打撃を覚悟した策でもありました。

そうしたいきさつをひも解くと、イタリアと日本の置かれた状況は意外にも良く似ています。日本にはイタリアに見られるような中国人移民への苛立ちはないかもしれません。しかしながら観光客のマナーの悪さや、中国政府の覇権主義などへの反感は、イタリア同様に強いものがあるのではないでしょうか。

また、中国人観光客を拒否したときに、観光産業が強い悪影響を受ける点も両国は似ています。それでいながらイタリアは、たちどころに中国便を全面禁止にし、日本はそうはしませんでした。その違いが2月20日現在の両国のウイルス感染者数の差異になって現れた、と考えるのは荒唐無稽でしょうか。

日本に於けるウイルスの感染経路はクルーズ船であり航空ルートではない、という反論もありそうです。それに対しては「もしもクルーズ船のルートがあったならば、イタリアはきっとそこも大急ぎで閉鎖していただろう」と応じようと思います。要するに何が言いたいのかといえば、日伊両国間には危機管理能力の大きな差がある、ということです。

さらに話を続けます。伝統的にアバウトなようで実はしたたかなイタリア政府は、中国便を締め出す一方で、同国との仲を白紙撤回させる気はなく、航空便の全面禁止は行き過ぎだとして猛反発する中国政府に、施策は一時的な予防措置だと言葉を尽くして説得し、事態を沈静化させました。

畢竟イタリア政府は、EUや中国、ひいてはアメリカを始めとする世界の反応もしっかりと見据え考慮に入れながら、国としての峻烈な危機管理策をためらうことなく発動した、という解釈も成り立つのです。

いうまでもなく新型コロナウイルス恐慌がどこに向かうのか誰にも分かりません。またウイルスの脅威は実体よりも大きく喧伝されていて、今のところはむしろ風評被害また報道被害のほうがはるかに深刻なのではないか、というふうにさえ見えます。

いずれにしてもウイルスの暴走は気温が上がる春頃には終息に向かうと考えるのが妥当でしょうし、希望的観測も兼ねてそう願いたいと思います。そうなっても、また不幸にしてさらに長期化するにしても、イタリアの危機管理のあり方は日本が学ぶべき余地があるように思うのですが、いかがでしょうか。

facebook:masanorinakasone

official siteなかそね則のイタリア通信

コメントする

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください