バイデン時代への期待・倦怠・難題

2021年1月20日、ジョー・バイデン第46代米国大統領就任式の一部始終をライブ中継で見ました。新大統領は少し長過ぎた就任演説の中で、民主主義という大儀が勝利したと強調。同時に米国民の結束と融和を呼びかけました。

またバイデン大統領は、議会議事堂襲撃に代表される国内テロや白人至上主義を打倒するという言い方で、その名を一度も口にすることなく退任するトランプ大統領を厳しく糾弾しました。

ひとことで言えばバイデン演説の内容は、自由と平等と多様性及び民主主義を信奉するアメリカ国民が、アメリカはかくありたいと願う「理想のアメリカ」へ向けて歩もう、と語りかけるものでした。アメリカには人種差別や格差や不寛容がはびこり、その傾向はトランプ時代に加速しました。

アメリカの理想を訴えた、という意味ではバイデン新大統領の演説の中身は目新しいものではありません。過去には何人もの大統領が、バイデン新大統領とよく似た内容を言葉を変えて語っています。それでもバイデン演説は特別なものです。なぜならそれがトランプ時代のレガシーである分断と憎しみが渦巻く中で提示されたものだからです。

トランプ以前の世界の大半は、「理想のアメリカ」を追い求める米国民とアメリカ合衆国を賛美し慕ってきました。だが差別と憎悪と不寛容を平然と口にし行動するトランプ大統領の登場で、賛美は失望に変わり傾慕は嘲笑に変わりました。

人々ははじめ米国の変質は、トランプ大統領という怪異だけに付いて回る独特の現象だと考えました。だがそれは米国民のほぼ半数に当てはまる世界観であることが次第に明らかになりました。トランプ大統領は彼らの存在ゆえに誕生したのであり、その逆ではありません。事態は2016年の選挙時に既に明らかになっていましたが、世界はそれを中々理解できませんでした。それが常識を覆す異様な事象だったからです。

だが時が経つにつれて変容は疑いないものとなり、アメリカ国内は深く分断されていきました。アメリカの趨勢は世界にも影響し、同様の傾向が強まって行きました。その中でくっきりと全貌を顕したのがBrexit(英のEU離脱)であり、フランスの極右ル・ペンの躍進であり、イタリアの極右政党「同盟」の連立政権入りでした。ドイツ、オランダ、オーストリア他の国々にも極右勢力が台頭しました。

バイデン新大統領は、かつてのアメリカの理念を前面に押し出して国内の融和を図り、世界と協調すると宣言しました。だがアメリカの民主党にもトランプ主義と同じ極論や過激姿勢がそこかしこに見受けられます。バイデン新大統領の誕生は、多くの分野でトランプ時代よりはましな変化をもたらすでしょうが、米民主党的偏向もまた必ず形成されるに違いありません。

イデオロギーが存在する限りそれは避けることができません。ポイントはバイデン大統領が、トランプ時代の負の遺産を政権の糧にして、民主党ならではの極端化を抑えながら対立勢力も取り込んだ、真に融和的な政策を押し進められるかどうかにあります。

例えば覇権主義に取り付かれている中国との付き合い方です。国際法を無視して蛮行に走り続ける中国を、バイデン大統領は日欧などの同盟諸国と協調しつつ強く指弾し牽制することができるのか。つまりトランプ政権並みの明快さで反中国キャンペーンやメッセージを世界に送り続けることができるかどうかも焦点です。

アメリカが先導する民主主義陣営は中国ともむろん対話をしなければなりません。だが中国が対話をする振りで、香港やチベットやウイグルまた尖閣を含む東シナ海域や台湾で無法傲慢な動きを続けるならば、外交重視の穏当な言語をいったん脇に置いて、トランプ大統領まがいの強い批判の言葉を投げつけることがあってもいいのではないか。

トランプ大統領はおよそ外交儀礼とは縁のない露骨な言行で中国と対峙しました。それはあまりにも刹那的に過ぎて、長期的には中国に資する危険があるとも批判されました。だがトランプ政権の声高な中国批判には明らかなメリットもありました。老獪な動きで自らの虚偽を隠蔽しようとする中国の正体を、絶えず人々の意識に上らせ続ける、という効果です。

バイデン新大統領は日本を含む西側同盟国と協力しながら中国と向かい合うことを宣言しています。それは長期的にも利のあるやり方です。だが習近平主席が率いる唯我独尊の一党独裁政権には、対話と同時にトランプ政権ばりの厳しい姿勢で臨むことも必要ではないかと考えます。

バイデン新大統領はこれまでどちらかと言えば親中派の政治家と見られてきました。米中が対立する状況でもその姿勢は変わらない可能性があります。対話と同時に威嚇に近い圧力を中国にかけることができるのかどうか。またその意思があるのかどうかさえ不明です。

スターリン並みの独裁政治を強行する習近平政権には、民主主義世界の穏健なやり方は通用しないことが明らかになっています。中国は日本を含む西側陣営の尽力もあって貧困を克服しました。それどころか世界第2の経済大国にまでなりました。だが自由主義世界が期待したような民主的な体制に変貌することはありませんでした。

習近平主席と共産党が支配する限り、中国は民主的な政体に移行するどころかその精神や哲学や思想を尊重することさえあり得ない。従って自由主義世界は、バイデン新大統領のこれまでの在り方に代表される、中国への穏健一辺倒のアプローチ法を改める必要があります。そして変化へのヒントは、実は使命を終えたばかりのトランプ政権にあるように思えます。

筆者は理想を満載したバイデン大統領の就任演説を少し斜に構えて見、聴きました。演説の内容は目新しくはないものの、まさに理想に満ちていました。全てが実現されれば素晴らしい主張ばかりです。だが新大統領に果たしてそれらの理想を現実化する力量があるかどうかは疑問です。

大統領就任式のあと、筆者が直ちにブログに思いを書かなかったのはその疑問ゆえです。筆者はバイデン新政権をトランプ狂犬政権に替わる制度として大いに支持しますが、今のところその才幹には懐疑的です。バイデン大統領による、自身の平凡な議員履歴や副大統領としての前歴を打ち壊す、まさに「大統領然」とした明白な実力行使を見なければならないと思います。

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