殺人鬼も保護する進歩社会はつらくないこともない

ノルウェー連続テロ事件からちょうど10年が経ちました。

事件では極右思想にからめとられたアンネシュ・ブレイビクが、首都オスロの市庁舎を爆破し近くのオトヤ島で10代の若者らに向けて銃を乱射しました。

爆破事件では8人、銃乱射事件では69人が惨殺されました。

殺人鬼のブレイビクは、禁固21年の刑を受けました。

そして11年後には早くも自由の身になります。

事件が起きた2011年7月以降しばらくは、ブレイビクが死刑にならず、あまつさえ「たった」21年の禁固刑になったことへの不満がくすぶりました。

だがその不満は実は、ほぼ日本人だけが感じているもので、当のノルウェーはもちろん欧州でもそれほど問題にはならなりませんでした。

なぜなら、欧州ではいかなる残虐な犯罪者も死刑にはならず、また21年という「軽い」刑罰はノルウェーの内政ですから他者は口を挟みませんでした。

人々はむろん事件のむごたらしさに衝撃を受け、その重大さに困惑し怒りを覚えました。

だが、死刑制度のない社会では犯人を死刑にしろという感情は湧かず、そういう主張もありませんでした。

ノルウェー国民の関心の多くは、この恐ろしい殺人鬼を刑罰を通していかに更生させるか、という点にありました。

ノルウェーでは刑罰は最高刑でも禁固21年です。従ってその最高刑の21年が出たときに彼らが考えたのは、ブレイビクを更生させる、というひと言に集中しました。

被害者の母親のひとりは「1人の人間がこれだけ憎しみを見せることができたのです。ならば1人の人間がそれと同じ量の愛を見せることもできるはずです」と答えました。

また当時のストルテンベルグ首相は、ブレイビクが移民への憎しみから犯行に及んだことを念頭に「犯人は爆弾と銃弾でノルウェーを変えようとした。だが、国民は多様性を重んじる価値観を守った。私たちは勝ち、犯罪者は失敗した」と述べました。

EUは死刑廃止を連合への加盟の条件にしています。ノルウェーはEUの加盟国ではありません。しかし死刑制度を否定し寛容な価値観を守ろうとする姿勢はEUもノルウェーも同じです。

死刑制度を否定するのは、論理的にも倫理的にも正しい世界の風潮です。筆者は少しのわだかまりを感じつつもその流れを肯定します。

だが、そうではあるものの、そして殺人鬼の命も大切と捉えこれを更生させようとするノルウェーの人々のノーブルな精神に打たれはするものの、ほとんどが若者だった77人もの人々を惨殺した犯人が、あと11年で釈放されることにはやはり割り切れないものを感じます。

死刑がふさわしいのではないか、という野蛮な荒ぶった感情はぐっと抑えましょう。死刑の否定が必ず正義なのですから。

しかし、犯行後も危険思想を捨てたとは見えないアンネシュ・ブレイビクの場合には、せめて終身刑で対応するべきではないか、とは主張しておきたい。

その終身刑も釈放のない絶対終身刑あるいは重無期刑と言いたいところですが、再びノルウェー国民の気高い心情を考慮して、更生を期待しての無期刑というのが妥当なところでしょうか。

 

 

 

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PK戦は選手と監督のタッグ・マッチ

2020サッカー欧州選手権では、イタリアがイングランドとのPK戦を制して優勝しました。

PK戦を偶然が支配するイベントと考える者がいるが、それは間違いだ、と筆者は前のエントリーで書きました。

そこでは主に選手に焦点をあてて論じました。

実はPK戦にはもうひとつの側面があります。そのこともPK戦にからむ偶然ではなく、戦いの結末の必然を物語っています。

PKを蹴る5人の選手を決めるのは、たいていの場合監督です。

監督のなくてはならない重要な資質のひとつに、選手の一人ひとりの心理やその総体としてのチームの心理状況を的確に読む能力があります。

監督は優れた心理士でなければ務まらないのです。

監督は大きなプレッシャーがかかるPK戦に際して、選手一人ひとりの心理的状況や空気を察知して、気持ちがより安定した者を選び出さなければなりません。

緊張する場面で腰が入っているのは選手個人の特質ですが、それを見抜くのは監督の力量です。その2つの強みが合わさってPKのキッカーが決まります。

より重要なのは選手の心理の様相を見抜く監督の能力。それは通常ゲーム中には、選手交代の時期や規模に託して試合の流れを変える手腕にもなります。

監督はそこでも卓越した心理士でなければなりません。

代表チームの監督は、各クラブの監督とは違って、いかに有能でも優れた「選手を作り出す」ことはできません。彼の最重要な仕事は、国内の各チームに存在する秀でた「選手を選択」することです。

選択して召集し、限られた時間内で彼らをまとめ、鍛え、自らの戦略に組み込みます。彼が選手と付き合う時間はとても短い。

ナショナルチームの監督は、その短い時間の中で選手の心理まで読む才幹を備えていなければなりません。厳しい職業です。

イタリアのマンチーニ監督は、あらゆる意味で有能な軍師であり心理士です。長く不調の底にいたイタリアチームを改造して、53年ぶりの欧州選手権制覇へと導いた器量は賞賛に値します。

欧州選手権の決勝戦では特に、彼は力量を発揮して通常戦と延長戦を戦い、最後にはPK戦でも手際を見せてついに勝利を収めました。

一方、敢えて若い選手をキッカーに選んで敗れたイングランドチームのサウスゲート監督は、「誰が何番目にPKを蹴るかを決めたのは私。従って敗れた責任は私にある」と潔く負けを認めました。

イタリアのマンチーニ監督も、もし負けていれば同じコメントを残したことでしょう。

2人の天晴れな監督の言葉を待つまでもなく、PK戦とは2チームが死力を尽くして戦う心理戦であり、偶然が支配するチャンスはほぼゼロと見なすべきサッカーの極意なのです。

 

 

 

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イングランドのサッカーは子供のゲームにも似ている

子供の夢

2020サッカー欧州選手権で、決勝まで勝ち進んだイングランドのサッカーは、子供のゲームにも似ています。

サッカーのプレーテクニックが稚拙な子供たちは、試合では一刻も早くゴールを目指したいと焦ります。

そこで七面倒くさいパスを避けてボールを長く高く飛ばして、敵の頭上を越え一気に相手ゴール前まで運びたがります。

そして全員がわーっとばかりに群がってボールを追いかけ、ゴールに蹴りこむために大騒ぎをします。

そこには相手陣営の守備の選手も参加して、騒ぎはますます大きくなります。

混乱の中でゴールが生まれたり、相手に跳ね返されてボールが遠くに飛んだり、自陣のゴール近くにまで蹴り返されたりもします。

するとまた子供たちが一斉にそのボールの周りに群がる、ということが繰り返されます。

相手の頭上を飛ぶ高く速いボールを送って、一気に敵陣に攻め込んで戦うというイングランド得意の戦法は、子供の稚拙なプレーを想起させます。

イングランドの手法はもちろん目覚しいものです。選手たちは高度なテクニックと優れた身体能力を活かして敵を脅かします。

そして往々にして見事にゴールを奪います。子供の遊びとは比ぶべくもありません。

子供たちが長い高い送球をするのは、サッカーの王道である低いパスをすばやくつないで敵を攻めるテクニックがないからです。

パスをするには正確なキック力と広い視野とコントロール法が必要です。

またパスを受けるには、トラップと称されるボール制御術と、素早く状況を見渡して今度は自分がパスをする体勢に入る、などの高度なテクニックがなくてはなりません。。

その過程で独創と発明と瞬発力が重なったアクションが生まれます。

優れたプレーヤーが、敵はもちろん味方や観衆の意表を衝く動きやパスやキックを披露して、拍手喝采をあびるのもここです。

そのすばらしいプレーが功を奏してゴールが生まれれば、球場の興奮は最高潮に達します。


スポーツオンリーの競技

イングランドのプレーヤーたちももちろんそういう動きをします。テクニックも確立しています。

だが彼らがもっとも得意とするのは、直線的な印象を与える長い高いパスと、それを補足し我が物にしてドリブル、あるいは再びパスを出して、ゴールになだれ込む戦法です。

そこにはアスリート然とした、速くて強くてしかも均整の取れた身体能力が要求されます。

そしてイングランドの選手は誰もがそんな印象を与える動きをします。

他国の選手も皆プロですからもちろん身体能力が普通以上に高い者ばかりです。だが彼らの場合にはイングランドの選手ほど目立ちません。

彼らが重視しているのはもっと別の能力だからです。

つまりボール保持とパスのテクニック、回転の速い頭脳、ピッチを席巻する狡猾なアクション等が彼らの興味の対象です。

言葉を変えれば、低い短い正確なパスを多くつないで相手のスキを衝き、だまし、フェイントをかけ、敵を切り崩しては出し抜きつつじわじわと攻め込んで、ついにはゴールを奪う、という展開です。

そこに優れたプレーヤーによるファンタジー溢れるパフォーマンスが生まれれば、観衆はそれに酔いしれ熱狂します。

子供たちにとっては、サッカーの試合は遊びであると同時に身体を鍛えるスポーツです。

ところがイングランドのサッカーは、遊びの要素が失われてスポーツの側面だけが強調されています。

だからプレーは速く、強く、きびきびして壮快感があります。

だが、どうしても、どこか窮屈でつまらない。

子供のころ筆者も楽しんだサッカーの手法が、ハイレベルなパフォーマンスとなって展開されるのですが、ただそれだけのことで、発見や発見がもたらす高揚感がないのです。


ボール保持率の意味

決勝戦は1―1のスコアのまま延長戦まで進み、終了しました。

そのことをもってイタリアとイングランドの力は拮抗している。PK戦でイングランドが破れたのはただの偶然ではないか、と主張する人がいます。

両チームの得点数はそれぞれ1ゴール、と確かに接戦に見えます。

だがゲームの中身はイタリアの圧勝、と表現しても過言ではないものでした。

それはボールの保持率に如実にあらわれています。

イタリアは得意のパス戦術で65%のボールを支配しました。一方、イングランドのそれは35%。

ここにもイタリアがパス回しを重ねてゴールを狙い、イングランドが長い送球を主体に攻撃を組み立てている実態が示されています。

イングランドは中空にボールを飛ばし、長いパスを送って選手がそれを追いかけます。その間ボールは彼らの足元を離れています。

一方イタリアは、地を這うような低い短いパスを選手間でひんぱんに交わしながら進みます。その間ボールは、ずっと彼らの支配下にあります。

ボールを常に足元に置いておけば、いつかはシュートのチャンスが訪れます。

ボール保持率とは、言葉を変えれば、シュートの機会の比率でもあります。

それを反映して決勝戦でのイタリアのシュート数は19本。イングランドは6本でした。

そのうちゴールを脅かしたのはイタリアが6本、イングランドがわずかに2本です。

イングランドはそのうちの1本が見事にゴールに突き刺さったのでした。

つまり試合は、ほぼ3対1の割合でイタリアが優勢だったのです。

あるいはこうも言えます。

両チームの得点は客観的に見て、 3-1という内容だったのだ、と。


高速回転の知的遊戯

サッカーのゲームの見所は、短く素早く且つ正確なパスワークで相手を攻め込んで行く途中に生まれる意外性です。

意表を衝くプレーにわれわれは魅了されます。

イタリアの展開には例によって多くの意外性があり、おどろきがありました。それを楽しさと言い換えることもできます。

運動量豊富なイングランドの展開も、それが好きな人には楽しいものだったに違いありません。

だが彼らの戦い方は「またしても」勝利を呼び込むことはありませんでした。

高く長く上がったボールを追いかけ、捉え、再び蹴るという単純な作業は予見可能な戦術です。

そしてサッカーは、予測を裏切り意表を衝くプレーを展開する者が必ず勝ちます。

それは言葉を変えれば、高度に知的で文明的でしかも高速度の肉体の躍動が勝つ、ということです。

ところがイングランドの身体能力一辺倒のサッカーには、肉体の躍動はありますが、いわば知恵者の狡猾さが欠けています。だからプレーの内容が原始的にさえ見えてしまいます。

イングランドは彼らの「スポーツサッカー」が、イタリア、スペイン、フランス、ドイツ、ブラジル、アルゼンチンなどの「遊戯サッカー」を凌駕する、と信じて疑いません。

でも、イングランドにはそれらの国々に勝つ気配が一向にありません。1996年のワールドカップを制して以来、ほぼ常に負けっぱなしです。

イングランドは「夢よもう一度」の精神で、1966年とあまり変わり映えのしない古臭いゲーム展開にこだわります。

継続と伝統を重んじる精神は尊敬に値しますが、イングランドは本気でイタリアほかのサッカー強国に勝ちたいのなら、退屈な「スポーツサッカー」を捨てるべきです。


次回ワールドカップ予測

来年のワールドカップでは、イングランドが優勝するのではないか、という意見も聞かれます。しかし筆者はその考えには同調しません。

理由はここまで述べた通り、イングランドサッカーが自らの思い込みに引きずられて、世界サッカーのトレンドを見誤っていることです。

イングランドサッカーが目指すべき未来は、今の運動量と高い身体能力を維持しながら、イタリア、ブラジル、スペインほかのラテン国、あるいはラテンメタリティーの国々のサッカーの技術を徹底して取り込むことです。

取り込んだ上で、高い身体能力を利してパス回しをラテン国以上に速くすることです。つまりドイツサッカーに近似するプレースタイルを確立すること。

その上で、そのドイツをさえ凌駕する高速性をプレーに付加する。

ドイツのサッカーにイングランドのスピードくわわれば、それはおそらく今現在考えられる最強のプレースタイルではないでしょうか。

イングランドがそうなれば真に強くなるでしょう。が、彼らが謙虚になって他者から学ぶとは思えません。

従って筆者は、来年のW杯でのイングランドの優勝は考えてみることさえできません。

2022年W杯の優勝候補はやはりブラジル、イタリア、スペインと考えます。ブラジルはW杯5回優勝の実績を買い、イタリアはマンチーニ監督によって真の復活を遂げた点を評価します。

イタリアはここしばらくは好調を維持し、勝利の連鎖回路に入ったと見ます。

スペインは不調とはいえ、そのイタリアを2020欧州選手権の準決勝で苦しめました。彼らのポゼッションサッカーの強靭はまだ生きているように思えます。

次にランクされるのはフランス、ドイツ、また先日のコパ・アメリカ(サッカー南米選手権)でブラジルを抑えて優勝したアルゼンチンです。

その次に最新のFIFAランキングで一位に据えられたベルギー、そしてオランダ。そこに加えて、C・ロナウドが彼の全盛時の80%以上のパフォ-マンスをするなら、という条件付きでポルトガル。

その次にイングランドを置きます。つまり、優勝候補は相も変わらずのメンバーで、イングランドは小国ながら今を盛りのベルギーと実力者のオランダのすぐ下にいます。

言葉を変えてはっきりと言います。イングランドは活躍する可能性はありますが、優勝の目はまずありません。

理由は-何度でも繰り返しますが-イングランドが自負と固陋の入り混じった思い込みを捨てない限り、決して世界サッカーの最強レベルの国々には勝てない、と考えるからです。


生き馬の目を抜く世界サッカー事情

欧州と南米のサッカー強国は常に激しく競い合い、影響し合い、模倣し合い、技術を磨き合っています。

一国が独自のスタイルを生み出すと他の国々がすぐにこれに追随し、技術と戦略の底上げが起こります。するとさらなる変革が起きて再び各国が切磋琢磨をするという好循環、相乗効果が繰り返されます。

イングランドは、彼らのプレースタイルと哲学が、ラテン系優勢の世界サッカーを必ず征服できると信じて切磋琢磨しています。その自信と努力は尊敬に値しますが、彼らのスタイルが勝利することはありません。

なぜなら世界の強豪国は誰もが、他者の優れた作戦や技術やメンタリティーを日々取り込みながら、鍛錬を重ねています。

そして彼らが盗む他者の優れた要素には、言うまでもなくイングランドのそれも含まれています。

イングランドの戦術と技術、またその他の長所の全ては、既に他の強国に取り込まれ改良されて、進化を続けているのです。

イングランドは彼らの良さにこだわりつつ、且つ世界サッカーの「強さの秘密」を戦略に組み込まない限り、永遠に欧州のまた世界の頂点に立つことはないでしょう。

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PK戦も物にするのが真の強者

2020サッカー欧州選手権では、イタリアがイングランドとの戦PK戦を制して優勝しました。

PK戦を偶然が支配するイベントと考える者がいます。それは間違いです。

PK戦は通常戦と延長戦における2チームの拮抗を証明はしますが、決して偶然性を証明するものではありません。

それどころかPK戦は、そこまでの120分間の戦いにも勝る、選手の体力と気力と技術の高さが求められる過酷な時間です。

そして何よりも重要なのは、PK戦が神経戦そのものである事実です。

技術も能力もある選手が往々にしてゴールを外すのは、心的プレッシャーが巨大だからです。

イタリアの至宝ロベルト・バッジョが、1994年のW杯決勝のPK戦で、勝敗を分けるキックをはずしてワールドカップ優勝を逃したのも、プレッシャーが原因です。

ほかにもPK戦にまつわるドラマは数多くあります。

今回の欧州杯でも優勝候補の筆頭と目されていたフランスのエース、エムバペがトーナメント初戦のPK戦で痛恨の失敗をしてフランスが敗退しました。

PK戦はサッカーのルール内にある非情な戦いです。

各チームと選手は、普段からPK戦を想定して訓練をしておかなければなりません。

当たり前の話ですが、PK戦は90分の通常戦や延長戦と同様に勝つこともあれば負けることもあります。

PK戦が偶然に絡めとられているならば、通常戦や延長戦も偶然が支配している時間ということになります。

むろんそんなことはあり得ません。

PK戦は90分の通常戦や延長戦と全く同格のサッカーの重要な構成要素です。偶然が支配する余地などないのです。

イタリアは今大会は、準決勝も決勝もPK戦までもつれ込んでの勝利でした。

PKを実行する5人の選手にとっては、ほとんど残酷でさえある精神的重圧に耐えてゴールを決めるのは、通常ゲーム中のプレーにさえ勝る重要堅固なパフォーマンスです。

PK戦にもつれ込もうが90分で終わろうが、勝者は勝者で敗者は敗者です。

現実にもそう決着がつき、また歴史にもそう刻印されて、記録され、記憶されていきます。

試合を観戦する者は、PK戦を嘆くのではなく、120分の熾烈な競技に加えて、PK戦まで見られる幸運をむしろ喜ぶべきなのです。

 

 

 

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英国は英国を忘れない限り世界サッカーの一隅であり続ける

決勝までの歩み

2020サッカー欧州選手権はイタリアが1968年に次ぐ2度目の優勝を果たしました。

イタリアの決勝戦進出は今回が4度目でした。

選手権では、ロベルト・マンチーニ監督の手腕によって再生したイタリアが活躍するであろうことを、筆者は1次リーグの割と早い段階で予測しました。

その予側は、“負けたら終わり“のトーナメント初戦で、イタリアがオーストリアを相手に苦戦をした時に、筆者の確信になりました。

イタリアは青息吐息で勝ち抜いていく時にいつもとても強くなります。すらすらと相手を倒しているケースではコケることが多いのです。

1次リーグではイタリアはトントン拍子で勝ち進みました。3戦3勝で合計得点が7、失点が0という、ほぼ完璧にも近い戦いばかりでした。そこに少しの不安がありました。

事態が順調に進み過ぎると、よく言えばおおらか、悪く言えば軽忽なイタリアチームは、ついつい調子に乗って油断します。

結果、空中分解します。失墜しない程度に苦戦し続けるほうが強いのです。

イタリアは準決勝でもスペインを相手に苦戦しました。のみならず、ボール保持率ほぼ70%対30%と大人と子供の試合のようなありさまでした。

イタリアの伝家の宝刀・Contropiede(コントロピエデ=カウンター攻撃)のおかげで120分を1-1で戦い終えて、PK戦を制し決勝進出を果たしました。

決戦開始直後の事故

イタリアとイングランドが戦った決勝戦では、試合開始2分足らずでイングランドが1点を先取しました。

このとき多くのイングランドファンは勝利を確信し、同じ数だけのイタリアファンは敗北を意識したのではないでしょうか。

イタリアファンの筆者はその時、20%の不安と80%の喜び、とまでは言いませんが、8割方は平穏な気持ちで見ていたことを告白しようと思います。

理由があります。

試合開始早々のそのゴールは、まさにイングランド的なプレースタイルが最善の形であらわれたものでした。

直線的で、速くて、高い身体能力が見事に表現されたアクション。

それこそがイングランドサッカーの最大の特徴であり、強さであり、良さであり、魅力です。

そして同時にまさにそれこそが、イタリア的プレースタイルのチームと相対したときのイングランドサッカー最大の欠点であり、不条理であり、弱さなのです。

そして筆者はこれまで何度も述べてきたように、そのことをもってイングランドサッカーは退屈と感じ、そう主張します。

そして退屈なサッカーは必ず敗北するとも。

いつか来た道

イングランドは、分かりやすいように極端に単純化して言えば、長く速く高いボールを敵陣に蹴り込むのが得意です。

それをフォワードが疾駆して追いかけ、捕らえてゴールを狙います。

そこでは選手のボールコントロール能力や技術よりも、駆けっこの速さと敵の守備陣を蹴散らす筋肉と高い身体能力、また戦闘能力が重視されます。

決勝戦の初っ端のたった2分で起きた“事件”はまさにそういうものでした。

だからこそ筆者は平穏にそれを見ていたのです。

シュートとしたルーク・ショー は、イタリアのディフェンダーとは肉体的に接触しませんでした。

彼は高く飛んできたボールを、ほぼボレーに等しいワンバウンドでゴールに蹴り込みました。

そうしたシュートはほとんどの場合成功することはありません。空いているゴールの領域と角度があまりにも狭く、キックするアクションそのものも咄嗟の動きで、ボールの正確な軌跡は望めないからです。

だがショーのキックは、タイミングを含む全てがうまくかみ合って、ボールは一瞬でゴールに吸い込まれました。

言うまでもなくそこにはイングランドのすばらしい攻撃力とショーの高いテクニックが絡んでいます。

だが、それはいかにも「イングランドらしい」得点の仕方で、デジャヴ感に溢れていました。

イングランドがそんな形のサッカーをしている限り、イタリアには必ず勝機が訪れることを筆者は確信していました。

イタリアはやはり追いつき、延長戦を含む120分を優勢に戦って最後はPK戦で勝利を収めました。

イタリアの真髄

イタリアは、主に地を這うようなボールパスを繰り返してゴールを狙うチームです。

そういう攻撃スタイルの師範格はスペインです。

今このときのイタリアは、パス回しとボール保持力ではまだスペインにかなわないかもしれませんが、守備力とカウンターアタック力では逆にスペインを寄せ付けません。

そうしたボール保持を攻撃の要に置くスタイルを基本にしているサッカー強国は、イタリアとスペインのほかにフランス、ポルトガル、オランダ、ブラジル、アルゼンチン等々があります。

それらのチームはボールを低く、速く、正確にパスでつないで、敵陣のペナルティエリアまで運ぶことを目的に進撃します。

一方イングランドは、パスはパスでも敵の頭上を超える長く速い送球をして、それを追いかけあるいは待ち受けて捕らえてシュートを放ちます。

繰り返しになりますが、単純に言えばその戦術が基本にあります。それは常に指摘されてきたことで陳腐な説明のように見えます。

そのことを裏付けるように、イングランドも彼らなりに地を這うパス回しを懸命に習得し実践もしています。

だが彼らのメンタリティーは、やはり速く高く長い送球を追いかけ回すところにあります。

あるいはそれをイメージの基本に置いた戦略にこだわります。

そのため意表を衝く創造的なプレーよりも、よりアスレチックな身体能力抜群の動きが主体になるのです。

速く、強く、高く、アグレッシブに動くことが主流のプレー中には、意表を衝くクリエイティブなパスやフェイントやフォーメーションは生まれにくくなります。

サッカーは単なるスポーツではなく、高速の知的遊戯

観衆をあっと驚かせる作戦や動きやボールコントロールは、選手がボールを保持しながらパスを交し合い、敵陣に向けてあるいは敵陣の中で素早く動く途中に生まれます。

ボールを保持し、ドリブルをし、パスを送って受け取る作業を正確に行うには高いテクニックが求められます。

その上で、さらに優れたプレーヤーは、誰も思いつかないパスを瞬時に考案し送球します。

そこで相手ディフェンスが崩れてついに得点が生まれます。

というふうな作戦がイングランドには欠けています。

いや、その試みはあることはあるのですが、彼らはやはりイングランド的メンタリティーの「スポーツ優先」のサッカーにこだわっています。

サッカーは言うまでもなくスポーツです。

だが、ただのスポーツではなく、ゲームや遊びや独創性が目まぐるしい展開の中に潜んでいる戦いであり、エンターテインメントであり、知的遊戯なのです。

イングランドはそのことを認めて、「スポーツ偏重」サッカーから脱皮しない限り、永遠にイタリアの境地には至れないと思います。

むろんイタリアは、フランス、スペイン、ブラジル、アルゼンチン、などにも置き換えられます。

またそれらの「ラテン国」とは毛並みが違いプレースタイルも違いますが、ドイツとも置き換えられるのは論をまちません。

 

 

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イングランドの最終奇跡は成るか 

欧州選手権の準決勝でイングランドがデンマークを破って決勝に進出しました。

イングランドはもうひとつの準決勝戦でスペインを倒したイタリアと決勝戦を戦います。

今回大会のイングランドは強い。

なんといってもドイツを負かしたことがその証です。

ドイツは絶不調とはいえ、腐っても鯛。終始一貫、首尾一貫、 筋金入り エバーグリーンのサッカー強国です。

そしてイタリアは、筆者の独断と偏見ではドイツをも凌ぐサッカー大国。

イングランドが決勝でイタリアも粉砕すれば、彼らの強さは本物中の本物と証明されるでしょう。

イングランドは1966年のワールドカップの決勝でドイツを倒して以来、主要な国際大会ではドイツに勝てずにきました。

ドイツはイングランドにとっては、55年も目の上にこびり付いた大きなタンコブでした。

そのドイツを2-0で撃破しました。

そして勢いを保ったまま、決勝リーグ2回戦ではウクライナから4ゴールも奪って快勝。

次の準決勝では延長戦の末にデンマークも下しました。

だが、イタリアはイングランドに比較するともっと強く、ずっと強く、あたかも強く、ひたすら強い。

何が根拠かですって?

サッカー「やや強国」のイングランドは、ワールドカップを5世紀も前、もとへ、55年前に一度制しています。準優勝は無し。

つまり自国開催だった1966年のたった一度だけ決勝まで進みました。

片やイタリアはW杯で4回も優勝しています。準優勝は2度。つまり決勝戦まで戦ったのは合計6回。

欧州選手権では、イタリアは1回の優勝と2回の準優勝、計3回の決勝進出の歴史があります。

今回が4度目の決勝進出。

実に強いのです。

一方、イングランドは欧州選手権では、 1度も優勝していません。準優勝もありません。

つまり、決勝進出は0回。

3位決定戦に進んだことは1度あります。

でも、3位とか4位とかってビリと何が違うのでしょうか?

あと筆者の感情的な見方もあります。そこでもなぜかイタリアが強いのです。

イングランドのサッカーは、直線的で力が強くて速くてさわやかでスポーツマンシップにあふれています。

イタリアのサッカーは、曲がりくねってずるくて意表をついて知恵者の遊戯の如く創造性にあふれています。

筆者はイングランド的なメンタリティーも嫌いではありません。

だが、ことサッカーに関しては、アマチュアのフェアプレイ至上主義、あるいは体育会系のド根性精神みたいなものの影を感じて引いてしまいます。

退屈と感じます。

そして、サッカーの辞書には退屈という文字はありません。

従って退屈なサッカーは究極には必ず負ける。

イングランドが、退屈ではないサッカーを実行するイタリア、フランス、スペイン、ポルトガルなどに比較して弱いのはそこが原因です。

発想が奔放、という意味では上記4国に近いブラジルやアルゼンチンに負けるのも同じ理由です。ドイツに負けるのは、創造性故ではなくただの力負けだけれど。

そんなわけで、7月11日の決勝戦ではどうやらまたイタリアが勝つみたい。

でも、イングランドも欧州選手権史上初の決勝進出を果たしたのですから侮れません。

もしもイングランドが勝てば、それは「退屈」なサッカーが勝ったのではなく、イングランドが退屈なサッカーワールドから抜け出して、楽しく創造的な現代サッカーのワンダーランドに足を踏み入れたことを意味します。

それを未開から文明への跳躍、と形容してもかまいません。

なので2020欧州選手権の覇者はイタリアでもイングランドでもどちらでも異存はありません。

でも、突然ですが、イングランドはBrexitを決行したから嫌いです。

なので、できればイタリアが勝ったほうが精神衛生上ヨロシイ。

以上

 

 

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イタリア、あと1勝で頂点へ

サッカー欧州選手権の準決勝でイタリアがスペインを退けて決勝に進みました。

イタリアにとっては厳しい戦いでした。もっとも負けたスペインにとってはさらにきつい結果だったでしょうが。

試合の内容は客観的に見てスペインが勝っていました。

スペインは初めから終わりまで70%前後のボール保持率を誇り、それを反映してシュート数もイタリアをはるかに上回りました。

スペインのポゼッション・サッカーは今回も健在でした。

そしてイタリアの伝家の宝刀「必殺の電撃カウンターアタック」もまた生きていました。

イタリアは前半45分の全てと、後半に入ってもしばらくは、スペインの圧倒的なボール保持力に威嚇されて青息吐息状態でした。

だが後半15分、ゴールキーパーから出たボールをあっという間に敵陣まで運んで、最後はFWのフェデリコ・キエーザがそれをゴールに叩き込みました。

イタリアは鉄壁の守備で相手の攻撃を耐えに耐えて、機を見て反撃に出る「カウンターアタック」が得意です。

得意のみならず、イタリアはこの華麗なカウンターアタックで世界最強のチームの一つになりました。

少しの侮蔑とともに語られるイタリアの特徴としての「カテナッチョ(閂並みの堅守)」は、このカウンターアタックを引き出すための戦術だとも考えられます。

一方スペインは徹頭徹尾ボール保持にこだわる得意の戦略で、イタリアを圧倒し続けました。

そこだけを見れば、スペインが勝っていても不思議ではありません。いや、むしろその方が自然です。

なぜならボールをキープし続けるとは、相手にシュートのチャンスを与えないことを意味します。

シュートとはボールをゴールに向けて蹴り込むことです。肝心のボールが足元になければ誰もシュートをうつことはできません。

同時にボールが常に自らの足元にあれば、いつかは敵ではなくて“自分が”シュートを放つことができます。

そのようにボール・ポゼッションとは究極の「勝利の方程式」です。あるいはサッカーの基本中の基本とも言えます。

どのチームもボール保持にこだわります。だが誰もスペインのようには貫徹できません。その意味でもスペインの技術は目覚しいものなのです。

しかし、サッカーの勝敗はボールの保持率では決まりません。あくまでもゴール数によります。ボールの保持率が劣っていても、相手より多く得点できればそれが勝利です。

たとえボール保持率が1%であっても、シュートが決定的ならそれが強者なのです。

イタリアの先制点は、少ないボール保持の中で抜き打ち的に攻撃を仕掛けて、見事に成功したものでした。それはペインに押しまくられている状況では心理的にきわめて重要でした。

なぜならイタリアは、その先制点によって自信と余裕を取り戻したからです。

イタリアはその後も押しまくられ、得点から20分後にはスペインに追いつかれました。

しかし一度復活した自信は崩れず、守りと反撃を繰り返して延長を含む120分を耐え抜きました。

そして最後はPK戦を制して決勝進出を決めました。

筆者は試合前イタリアの勝利を予測しました。ポジショントークは脇において、そこにはそれなりのいくつかの理由がありました。

もっとも大きな理由は、イタリアがマンチーニ監督の指揮の下、2006年に始まった不調のサイクルを抜け出して勢いに乗っていることでした。

スペインはポゼッション・サッカーによって2008年の欧州選手権、2010年のワールドカップ、2012年の欧州選手権と次々に勝ちを収めて世界を席巻しました。

だがその後は世界中のチームが彼らの手法を研究し、真似し、進歩さえさせて、じわじわとスペインへの包囲網を築きました。

ワールドカップの実績だけを見れば、明らかにスペインよりも強いイタリアはその筆頭格であり続けています。それがもう一つの大きな理由です。

2012年の欧州選手権では、スペインは1次リーグから2次リークを「よたよたと」勝ち進んで、彼ら得意のポゼッションサッカーは退屈、とまで批判されました。

それでも決勝にまで駒を進めました。

一方同大会では、不調に喘いでいるはずのイタリアが、優勝候補の最右翼と見られていたドイツを準決勝で圧倒するなどして決勝進出。スペインと激突することになりました。

決勝戦は勢いに乗るイタリアが有利と見られました。筆者も当時そう信じました。スペインのポゼッション・サッカーが限界に近づいている、という強い思いもありました。

ところが決勝戦ではスペインがイタリアを一蹴しました。4-0という驚きのスコアもさることながら、オワコンにも見えたスペインのポゼッション・サッカーが、イタリアをこてんぱんに打ちのめしたのです。

昨夜の準決勝戦を見ながら、筆者はずっと2012年の決勝戦を思い出していました。スペインのポゼション戦術が功を奏して、再びイタリアを沈めるのではないか、とはらはらし通しでした。

しかし、イタリアの復活とスペインのポゼッション・サッカーの衰退はどうやらセットになっているらしい。イタリアは苦しみながらも難敵を退けたのですから。

その勝利はもちろん優秀な選手たちのものです。しかし、今のイタリアのケースでは特に、ロベルト・マンチーニ監督の力量も賞賛されるべきではないかと思います。

イタリアは7月11日、今夜行われるイングランドvsデンマークの勝者と決勝戦を戦います。

個人的にはぜひイングランドが相手であってほしい。

復活したイタリアの創造的なサッカーが、大分進化したとはいえ依然として直線的でクソ真面目なイングランドのサッカーをへこますところを見たいからです。

それはイングランドへのヘイト感情ではなく、創造的なサッカー、言葉を替えれば「遊び心」満載のサッカーが、体力にまかせて走り回るだけの「退屈」なサッカーよりも楽しいことを、あらためて確認したいからです。

もしもイタリアが勝てば好し。

またイングランドが勝つならばそれは、創造的なサッカーが敗退したのではなく、イングランドのサッカーが遊びを理解し創造的になったことの証、ととらえて歓迎しようと思います。

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イタリア最貧州&欧州サッカーの富裕

イタリア本土最南端のカラブリア州に2週間遊びました。

実は例によって仕事を抱えての滞在でしたが、やはり例によって、できる限り楽しみを優先させました。

カラブリア州はイタリアで1、2を争う貧しい州とされます。

“されます”とひとごとのように言うのにはわけがあります。

カラブリア州は経済統計上は、あるいは州のGDPを語れば、確かに貧しい。

だが、そこを旅してみれば、果たして“貧しい”と規定していいものかどうか迷うのです。

つまりそこはやせても枯れても世界の富裕国のひとつ、イタリアの一部です。

2週間滞在したビーチ沿いの宿泊施設は快適で、食べ歩いたレストランはどこも雰囲気が良く、出る料理はことごとく一級品でした。

“南イタリアらしく”宿泊施設の備品は古いものもあり、サービスは時々ゆるく、インターネット環境も最新ではなかったりしました。

だがそれらは、終わってみれば枝葉末節の類いの不同意で、大本の流れは十分に満足できるものでした。

特に食べ歩いた料理がすばらしかった。そのことについてはまたぼちぼち書いて行こうと思います。

カラブリア州滞在中に、TVでサッカー欧州選手権の激闘も楽しみました。

16強が戦い、8強が出揃ったあたりで、筆者はイタリアの進撃を予想し、スペインの成功を信じ、イングランドの負けっぽい展開を予測しました

イタリアとスペインは筆者の予測を裏切りませんでした。だがそれほど強くないはずのイングランドは、ウクライナをコテンパンにやりこめました。

その試合は2つの意味で筆者を驚かせました。

1つはイングランドが大勝したこと。

1つはウクライナのふがいなさ。

試合はウクライナのディフェンスの、草サッカー並みの稚拙さによってぶち壊しになりました。

ウクライナの指揮官は同国史上最強のフォーワードだったアンドリー・シェフチェンコです。

彼はこれまでいい仕事をしてきましたが、今回はもしかするとストライカーだった者の落とし穴にはまって、ディフェンス陣の強化を怠ってしまったのかもしれません。

イングランドは例によって、創造性に欠ける激しい運動でめまぐるしくピッチを席巻し、ウクライナのがっかり守備陣のおかげで4ゴールもものにしました。

イングランドの運動量の豊富と、サッカーをあくまでも「スポーツ」とみなす生真面目さは、いつものことながら尊敬に値します。

だが同時にそのメンタリティーは退屈です。

退屈なサッカーは必ず負けます。

なぜならサッカーの辞書に「退屈」という文字はないからです。

サッカーは体力に加えて知恵と創造性と頭の回転の速さを競う「遊び」です。スポーツだが遊びなのです。

イングランドサッカーには後者が欠落しています。だから退屈に見えたりします。

最終的には退屈なサッカーが勝つことはありえません。

4強に入った“退屈な”イングランドが、もしもデンマークを下して決勝でイタリアを撃破するなら、それはイングランドのサッカーがついに「未開」から「文明」へ移行したことを意味します。

筆者は今、スペインを無視して「イングランドが決勝でイタリアを撃破するなら」と、すらすらと書きました。

そう、準決勝のイタリアvsスペインは「イタリアの勝ち」というのが筆者の確固たる思いです。

「イタリアの勝ち」という筆者の主張には、常にポジショントークの色合いがあることを筆者は決して隠しません。

だが、絶不調の波に呑み込まれて呻吟している2つの強豪国のうちでは、マンチーニという優れた指揮官に率いられたイタリアの復調のほうがより本物に見えます。

そこから推してのイタリアの勝利です。

そういうわけで、

準決勝:

イタリアvsスペインはイタリアの勝ち。イングランドvsデンマークはイングランド。

そして、

決勝:

イタリアvsイングランドはイタリアの勝ち。

であるはずと、願い思い決するのではないでしょうか。。

 

 

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サッカー欧州選手権の仁義なき戦い

サッカー欧州選手権は準々決勝に進む8強が出揃って佳境に入りました。

欧州選手権は番狂わせ、逆転、寝首搔き、闇討ち、だましあい、何でもござれの仁義なき戦いが面白い大会です。

言葉を換えれば出場チーム全体のレベルが高く予測不可能な乱戦が展開されるのが特徴。

いや、少し違います。

同大会やワールドカップの優勝体験国などを軸にして、誰でも展開や結果を予測をすることはできます。

だがそうした予測や期待がよく裏切られる。

だからこその乱戦なのです。また、だからこその欧州各国のサッカーのレベルの高さです。

例えばありふれた予測では、ポルトガルは二次リーグの初戦でベルギーを破るはずでした。

もうひとつのありふれた予測では逆に、ベルギーがポルトガルに競り勝つはずでした。

なぜならベルギーは最新のFIFA世界ランキングで、ブラジルやドイツなどを抑えてなんと一位にランクされているからです。

サッカーを継続して見ていない者や権威付けが好きな者は、FIFAの発表をうのみにしがちなところがあります。

一方で、割とサッカーに詳しい者はポルトガルが4年前(5年前)に優勝したディフェンディング・チャンピオンであること、あるいは世界最高峰の選手であるロナウドが所属するチームという事実などを基に、ポルトガルが有利のように見なします。

それらはいつも常に正しくまた間違っています。勝負は理論的に見渡せすこともできますが、時の運でもあるからです。

また専門家などの予測は、理路整然と間違うことがしばしばです。経済学者が実体経済の予測を理路整然と間違うように。

ゲームの予測を立てるのはほとんどの場合ムダです。確率論に基づけばある程度の正しい方向性は見つかるのでしょうが、選手とチームの心理的要素や偶然性が試合展開に大きくかかわりますから、プロでも正確な予測はできません。

それでも人は予測を立てたがります。予測することが、ゲームそのものを見るにも等しいほどに楽しい行為だからです。

当たるも八卦、当たらぬも八卦。当たれば嬉しく、当たらなければ無責任に何もなかった振りをします。

そんなわけで、筆者もサッカー好きな者の常で、ここからもっともらしく予測を立ててみることにします。

準々決勝に残ったのは強い順にイタリア、スペイン、ベルギー、イングランド、ウクライナ、デンマーク、チェコ、スイスの8強です。

筆者はイタリアを応援するばかりではなく、その強さを腹の底から認知しています。

そのことを拠りどころに正直に言えば、世界のサッカー—のランクはブラジルとイタリアがトップ。次にドイツです。

続いてフランスとスペインとアルゼンチンが横一列に並び、その下のグループにポルトガル、イングランド、オランダ、などがいる、と見ます。

今をときめくFIFA世界ランキング一位のベルギーがいないじゃないか。お前はバカか。という声が聞こえてきそうです。

だが筆者は世界のサッカー強国のランキングを言っているのであって、今この時のチームの好調ぶりを語ろうとしているのではありません。

また、ベルギーの話はさておいても、見ていて楽しい攻撃サッカーのブラジルと、カテナッチョ(かんぬき)とまで揶揄される守備主体のイタリアを同列に並べるのはナンセンス、という声も聞こえてきそうです。

その主張の意味は分かりますが、同時にサッカーの本質を忘れているとも言いたくなります。

攻撃的サッカーのブラジルのディフェンスは、フォワード陣と同様に超一級です。

同じように守備が堅固なイタリアの攻撃も超一級なのです。

だから2チームはブラジルが5回、イタリアが4回もW杯を制しています。

ドイツは2014年の第20回ブラジル大会を制して、イタリアに並ぶ4回優勝となりました。

そしてドイツサッカーもブラジルとイタリアのように強く、超一級です。

だがドイツはブラジルの自由奔放な動きにかないません。イタリアの独創性に富んだ戦術にも振り回されてよくコテンパンにやられます。

その分ドイツサッカーは、ブラジルとイタリアの下にランクされると思うのです。

近年、ポゼッションサッカーで世界を席巻したスペインは、長くW杯を制することができませんでした。

ポゼッションによって一世を風靡しましたが、世界が彼らの戦術を真似し、取り込み、改良し自家薬籠中のものにしてさらに前進した結果、スペインの衰退が訪れつつあります。

フランスも移民選手を手厚く育てることで1998年のW杯を制し大きく伸びました。だが、未だにブラジル、イタリア、ドイツの境地にまでは至っていません。

アルゼンチンの立ち位置はフランスとスペインに近いですが、2チームよりもほんの少し劣ります。

W杯を一度制しているイングランドは存在感があまりない。2度優勝した古豪ながら近年は沈んでいるウルグアイにも似ています。

今回の欧州選手権では、ここまでに強豪のドイツが敗れ去り、フランスもポルトガルも消えました。

今後は、イタリアとスペインが有利です。

勢い盛んで且つ絶好調のベルギーが準々決勝でイタリアを撃破する可能性はあります。だがそれ以上に、イタリアが地力を発揮して勝つ可能性のほうが高い、と筆者は思います。

そこには希望的観測が含まれることを否定しません。

次の優位者のスペインは、優勝候補の筆頭だったフランスを撃破して意気盛んなスイスと対峙すします。筆者はここでも強豪のスペインが優勢と見ます。

フランスとの激しい戦いを制したスイスの布陣はすばらしい。だが彼らには大舞台での活躍の経験があまりなく、且つフランスと90分+延長戦+PK戦を戦ったことによる心身の消耗が大きい。

いわば新参なだけに疲れよりも高揚のほうが優っていてむしろ有益、という見方もできるでしょうが、クロアチアを相手に5得点を挙げたスペインの底力は無視できないように思います。

イタリアとスペインが敗れた場合、勢いから推してベルギーが圧倒的に有利になりそうです。

そこに、彼らにとっては目の上のタンコブだったドイツを久しぶりに撃破したイングランドが挑む、という構図です。

過去にそれぞれ一度づつ優勝しているデンマークとチェコも侮れません。

冒頭で触れたように欧州杯はW杯と違って下剋上や逆転劇が多い。

優勝経験のないベルギー、スイス、ウクライナ、イングランドに加えて、いま言ったように優勝経験はあるものの穴馬的存在に見えるチェコとデンマークが躍動するとします。

そうなれば、今回も番狂わせ全開の仁義なき戦いが繰り広げられることになることでしょう。

ああ、ワクワク感が沸点に達しそうです。

 

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