イタリアはコロナ第1波爆発時の恐怖を忘れてはならない

英仏スペインなどを筆頭に進んできた欧州の新型コロナ感染拡大の第2波が、どうやらロックダウン解除後はきわめて静かだったイタリアも飲み込みこんで、さらに勢いを増しつつあるようです。

10月初めのイタリアの一日当たりの新型コロナ感染者数は2000人台でした。それは当時は驚くほど大きな数字に見えました。ロックダウン解除後、イタリアの新規感染は低い水準で推移していたからです。

ところがその数字は感染が急増していたスペイン、フランス、イギリスなどに比べると、とても低い水準に過ぎませんでした。だがその後イタリアの感染者数は、3国をなぞるようにじわじわと増え続けました。

そして1016日、ついにイタリアの一日当たりの感染者数は1万人を超えました。翌日も増えて1925人が新たに感染しました。また累計の感染者数も節目の40万人を超えました。

一方、第2波が猛威を振るっているフランスでは、イタリアの感染者数が1万人に達する前の1015日に、一日の感染者数が3万人を超えました。それを受けてフランス政府は、首都パリを含む9都市に夜間外出禁止令を発動しました。

パリの街の灯がまた消えました。マルセイユ、リヨン、グルノーブル、 サン・テティエンヌなどの街の夜も漆黒に閉ざされます。規制期間は4週間。だが状況によっては延長されることが決まっています。

スペインとイギリスの感染拡大も続いています。1015日、イギリスの感染者は18980人を数えました。スペインの毎日の新規感染者数も極めて多い。優等生のドイツでさえ間もなく1万人に迫る勢いです。

各国は感染拡大に伴ってさまざまな規制をかけ始めています。飲食店などの営業時間が短縮されバーやパブなどでの立ち飲みも制限されます。ロンドン市内にある3600余のパブの多くは、今後の展開によっては倒産・閉鎖に追い込まれる可能性があります。

またスペインのカタルーニャ州では、バーやレストランの営業が大幅に制限されテイクアウトのみが可能となります。さらにジムや文化施設またショッピングセンターや各種店舗では、それぞれ定員の50%まで、あるいは30%まで、と収容人数が制限されます。

一方オランダでは、全てのバーやレストラン、カフェなどの店内営業が全面禁止。ただしカタルーニャ州同様にテイクアウト営業は許されます。さらに人々が各家に招待できる客の数も1日に3人までと制約されます。

国民の辛苦を尻目にオランダ王室の家族はギリシャに休暇に出向きました。当然国民から強い怒りの声が沸き起こりました。そのため無神経な王室のメンバーはあわてて休暇を切り上げる、というハプニングもありました。

その他の欧州の国々、たとえばチェコ、ベルギー、ポルトガル、またポーランドなどの感染拡大も急速に進んでいます。欧州の新型コロナ感染拡大の第2波は、もはや誰にも否定することはできません。

ここイタリアではさらに、一日の感染者数が11705人に膨れ上がった1018日以降は、各市町村長が地域の広場や道路を含む公共の場所を夜9時に閉鎖できる、とする権限が中央政府から自治体に与えられました。

同時にバーやカフェなどの営業は、午後6時以降はテーブル席のみに制限され、各席の人数は最大6人まで、とも決められました。レストランの営業もそれに準じます。また公共交通機関の混雑を避けるために、各学校に時差登校も要請しました。

イタリアでは長く厳しい全土封鎖措置を導入したことが功を奏して、夏の間は感染が押さえ込まれてきました。日毎の死者数も3月から4月のピーク時の900人超から激減しました。それでも感染拡大はじわじわと進行しつづけました。

イタリアは最近は、残念ながら第1波の過酷な犠牲によって獲得した感染抑制の「貯金」を使い果たしつつあるように見えます。しかしながら人々の中にしっかりと留まっている恐怖心が感染拡大を堰き止めるでしょう。

たとえ思い通りに感染を抑制できなくても、3月~4月の感染爆発とそれに伴う医療崩壊への怖れ、と同時に最終的にはそれを克服した自信が相まって、イタリアは危機を上手く切り抜けることでしょう。切り抜けると信じたい。

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海を塞き止める「モーゼの奇跡」がベニスに出現!

沈み行くベニスにどうやら救世主があらわれたようです。

2020年10月3日、ベニスは高潮に見舞われて街じゅうが水浸しになると予想されました。住民は浸水に向けて建物や通りを厳重に防御し長靴や雨具などで重装備をしました。海抜の最も低い街の中心のサンマルコ広場を筆頭に、戦々恐々とした時間が流れました。

高潮は135cmを超えると予報が出ました。そこで巨大な移動式堤防「モーゼ」が起動されることになりました。普段は水中に没している78基の鉄製の防潮ゲートがせり上がって、外海からベニスの潟湖へと流入する潮を堰き止めるのです。

装置はこれまで一度も使用されたことがありません。試験的な起動は行われていましたが、高潮時に実際に始動したことはなかったのですだ。それどころか試験運転の成否はあいまいで、住民を納得させるだけの結果は得られていませんでした。

モーゼの構想は1980年代に生まれ、建設は2003年に始められました。しかし経費の高騰や繰り返し起きた汚職問題などで、完成が何度も先延ばしにされてきました。いつまでも成就しない事業にベニスの住民は疲れ、モーゼへの期待も信頼もほぼ全て無くしてしまっていました。

人々は今回の悪天候でもお決まりの辛苦を想定しました。ところが高潮が135cmに達してもベニスの街に水は流れ込みませんでした。海抜の低いサンマルコ広場周辺も地面は乾いたままでした。つまりモーゼは見事に膨大な潮の流れを堰き止めたのです!

史上初の快挙にベニス中が沸き立ち、イタリア全土が賛嘆しました。建設開始から数えて17年の歳月と55億ユーロ(約7000億円)以上の税金を飲み込み、汚職と疑惑と不信にまみれた一大プロジェクトがついに完成したのです。

ベニスは遠浅の海に浮かぶ100以上の島から成っています。海に杭を打ち込み石を積んで島々を結び、水路を道に見立てて街が作られています。街が生まれた5世紀以来、ベニスは悪天候の度に高潮に襲われてきました。海に浮かぶ作為の土地の宿命です。

近代に入ると、地下水の汲み上げなど工業化による地盤の乱用によって、街自体が沈下を始めました。海抜1メートルほどの高さしかないベニスの礎は、1950年から70年にかけての20年間だけで、12センチも沈降しました。現在は大幅に改善されましたが、脆弱な土壌は変わることはありません。

人災がなくなっても残念ながらベニスの不運が変わることはありません。というのもベニスの地下のプレートが、毎年数ミリづつ沈下しているからです。放っておいてもベニスの大地は、数百年後には海抜0メートルになる計算です。

現在ひんぱんに起こるベニスのいわゆる水没問題の本質は、しかし、地盤沈下ではなく高潮の恐怖です。ベニスには秋から春にかけて暴風雨が頻発します。それによって高潮が発生してベニスの潟に洪水のように流れ込みます。

元からあるそれらの悪条件に加えて、最近は温暖化による水位の上昇という危難も重なりました。そのため自然と人工の害悪が重層的に影響し合って、ベニスの街はさらに大きな高潮浸水に襲われる、という最悪の構図が固定化してしまいました。

高潮はアフリカ大陸発祥の強風「シロッコ」によって増幅され膨張して、アドリア海からベニスの浮かぶ潟湖へとなだれ込みます。そういう場合にベニスは“沈没”して、壊滅的と形容しても過言ではない甚大な被害を蒙るのです。

ベニスで最も海抜が低いのは、前述したサンマルコ広場の正面に建つサンマルコ寺院。その荘厳華麗な建物は、1200年の歴史の中で高潮による浸水被害を6度受けました。そのうち4度は過去21年の間に起きています。その事実は、ベニスの高潮問題が地球温暖化による海面上昇と無関係ではないことも示唆しています。

年々悪化する浸水被害を食い止めようとして、ベニスでは古くから多くの施策が編み出され試行錯誤を繰り返してきました。その中で究極の解決策と見られたのが、ベニスの周囲に可動式の巨大な堤防を設置して海を堰き止めるという壮大な計画、「モーゼ・プロジェクト」なのです。

モーゼという名は旧約聖書からきています。モーゼがヘブライ人を率いてエジプトから脱出した際、海が割れて道ができたという一節を模しているのです。モーゼは海を割って道を作る軌跡を起こしました。「モーゼ・プロジェクト」は海を遮断して壮麗な歴史都市ベニスを救うのです。

2020年10月3日、高潮の予報が出たとき、当局は史上初めてモーゼを起動すると発表しました。だが既述したように、ベニスのほとんどの住民はモーゼの実効性を信じることはなく、むしろ「うまくいくわけがない」と内心で嘲笑いました。誰もが濡れ鼠になることを覚悟しました。

ところが、おどろいたことに、モーゼはうまく高潮を堰き止めました! 着想から数えると何十年もの遅延と汚職と疑義にまみれた歳月を経て、巨大プロジェクトがついに成功を収めたのです。標高が最低のサンマルコ広場を含む海抜1メートルほどの街の全体が、史上初めて高潮災害時に浸水しませんでした。

ベニスはあるいは今後、高潮の被害から完全に開放されようとしているのかもしれません。それはこの先、史上最悪の高潮だった1966年の194cm、また昨年11月に起きて甚大な被害をもたらした187cmの高潮などに迫る大難が襲うときに、一気に明らかになることでしょう。

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きちがいピエロ

新型コロナに感染して入院中のトランプ大統領が先日、警護のSPを始めとするスタッフをコロナ感染の危険にさらしつつ、病院を抜け出して車で支持者の前に姿を現し物議をかもしました。

さらにその翌日には、退院してホワイトハウスに戻り、集まった報道陣にマスクを外してテラスから手を振って見せました。新型コロナに感染したものの、病気は大したことではない、と虚勢を張ったのです。

トランプ大統領は、かねてから新型コロナの脅威を軽視して国民をミスリードし、結果20万人以上の米国民が死亡しました。感染拡大は今も全く収まる気配がありません。

国民が苦しみ、自らが病気に掛かってもコロナは大したことではない、とツッパる大統領に「無責任だ」という罵声が飛び、さらなる大論争が巻き起こりました。

だが全く懲りない大統領はさらに、支持者に向けて「新型コロナを恐れるな」「コロナに生活(人生)を支配されるな」などとツイッターで吼えました。

その気丈は悪くないとは思いますが、彼の支持者に代表される蒙昧な人々の軽率な行動が、感染爆発の原因の一つとされる中では、その投稿もまた大統領の対コロナ政策の失態と見なされるべきでしょう。

そればかりではなく、トランプ政権中枢の幹部らも次々に感染していることが明らかになっています。それはひとえに、ボスのトランプ大統領が新型コロナを侮り続けたツケです。

大統領が感染防止を無視した行動を取ったことによって、アメリカで最も重要な建物のひとつであるホワイトハウスは、感染拡大の爆心地の一つになっている可能性さえあります。

ただひたすら選挙に勝つこと、つまり権力に固執するのみで、国民はおろか周囲のスタッフがコロナに感染する危険さえ顧みないモノマニアが、また奇態をさらした、というところでしょうか。

昔、「気狂いピエロ」というフランス・イタリア合作の映画がありました。監督はジャンリュック・ゴダール。フランソワ・トリュフォー、アラン・レネなどと並び称される仏ヌーベルバーグの旗手です。

一世を風靡したその作品では、名優ジャンポール・ベルモンド演じる主人公のピエロが、退屈な日常をかなぐり捨てて愛人とともに逃避行をします。カップルは殺人事件に巻き込まれたのです。

斬新な色彩感覚と、みずみずしい言葉の遊びが画面いっぱいに弾ける前衛的な映画のテーマの一つは、「アメリカへの反発」でした。

ゴダールらヌーベルバーグ世代の人々が、正義と希望の象徴として敬愛してきたアメリカが、当時ベトナムで戦争を仕掛け彼の地で暴虐の限りをつくしていました。作品にはそのことへの失望と怒りが込められていました。

あれから半世紀余りが過ぎた2016年、映画とはなんの関係もないことですが、アメリカへの筆者の100年の恋もトランプ大統領の誕生によってすっかり冷めてしまいました。

ネトウヨヘイト系排外差別主義者、トランプ大統領への大きな不信感もありますが、彼を大統領に押し上げたアメリカ国民に筆者は激しく幻滅したのです。

アメリカは今あるアメリカが偉大なのではありません。アメリカ国民がこうありたいと願い夢見る理想のアメリカが偉大なのです。

アメリカには不平等や人種差別や貧困にとどまらず、ありとあらゆる不幸が存在します。アメリカはそれらの解消に向けて動き、戦い、前進してついには理想の国家を構築します。

理想の国家では自由と民主主義と機会の均等と富裕が、人種の如何にかかわらず全ての国民に与えられます。アメリカが素晴らしいのはその理想を掲げ、理想に向かって歩む姿です。

理想的なアメリカ合衆国は、実は理想に向かって国民が「行動する」過程の中にこそあります。それはトランプ大統領が叫ぶ「強いアメリカ」とはほぼ対極のコンセプトです。

しかしアメリカは、その理想とは相容れないドナルド・トランプという怪異を大統領に選んだことで、大きく変質しました。アメリカはもはや理想を追いかける「理想の国」ではなくなったように見えます。

再選を目指しながら自らの失態の連鎖に気づいたトランプ大統領が、周章狼狽し、まろび、泡を食って必死に足掻けばあがくほど、アメリカの混乱と堕落と無気力が奔出するように筆者には見えます。

たとえ彼が落選しても、アメリカへの幻滅感は癒されません。信頼の構築には膨大な時間がかかります。だが、崩壊は一瞬です。そして壊れた信頼の再構築には、以前に倍する時間がかかります。

「理想のアメリカ」を見失ったアメリカへの筆者の失望感は、傑作映画「気狂いピエロ」に込められたアメリカへの怒りに似ています。

そこで筆者は、新型コロナを軽視し且つ「理想のアメリカ」像を破壊し続けるトランプ大統領には、「狂信的な道化師」という意味で、映画のタイトルと同じフレーズをそっくりそのまま進呈しておこうと思います。


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“違うこと”は美しい

筆者はここイタリアではミラノにある自分の事務所を基点にテレビの仕事をして来ましたが、これまでの人生ではイギリスやアメリカにも住まい、あちこちの国を旅し、学び、葛藤し、そしてもちろん大いに仕事もこなして来ました。そんな外国暮らしの日々は、とっくの昔に筆者が大学卒業まで暮らした故国日本での年月よりも長くなってしまいました。

長い外国暮らしを通して筆者はいろいろなことを学びましたが、その中で一つだけ大切なものを挙げてみろと言われたなら、それは”違い”を認める思考方法と態度を自分なりに身につけることができた件だと思っています。

国が違えば、人種が違い言葉が違い文化も習慣も何もかも違う。当たり前の話です。ある人は、人間は全ての違いがあるにもかかわらず、結局は誰も皆同じであると言います。またある人は逆に、人間は人種や言葉や文化や習慣などが違うために、お互いに本当に理解し合うことはできないと主張します。それはどちらも正しく且つどちらも間違っています。なぜなら人種や言葉や文化や習慣の違う外国の人々は、決してわれわれと同じではあり得ず、しかもお互いに分かり合うことが可能だからです。

世界中のそれぞれの国の人々は他の国の人々とは皆違う。その「違う」という事実を、素直にありのままに認め合うところから真の理解が始まります。これは当たり前のように見えて実は簡単なことではありません。なぜなら人は自分とは違う国や人間を見るとき、知らず知らずのうちに自らと比較して、自分より優れているとか、逆に劣っているなどと判断を下しがちだからです。

他者が自分よりも優れていると考えると人は卑屈になり、逆に劣っていると見ると相手に対してとたんに傲慢になります。たとえばわれわれ日本人は今でもなお、欧米人に対するときには前者の罠に陥り、近隣のアジア人などに対するときには、後者の罠に陥ってしまう傾向があることは、誰にも否定できないのではないでしょうか。

人種や国籍や文化が違うというときの”違い”を、決して優劣で捉えてはなりません。”違い”は優劣ではありません。”違い”は違う者同士が対等であることの証しであり、楽しいものであり、面白いものであり、美しいものです。

筆者は今、日本とは非常に違う国イタリアに住んでいます。イタリアを「マンジャーレ、カンターレ、アモーレ」の国と語呂合わせに呼ぶ人々がいます。三つのイタリア語は周知のように「食べ、歌い、愛する」という意味ですが、筆者なりにもう少し意訳をすると次のようになります。

つまり「イタリア人(男)はスパゲティーやピザをたらふく食って、日がな一日カンツォーネにうつつを抜かし、女のケツばかりを追いかけているノーテンキな国民」です。それらは、イタリアブームがはるか前に起こって、この国がかなり日本に知れ渡るようになった現在でも、なおかつ日本人の頭の中のどこかに固定化しているイメージではないでしょうか。

ステレオタイプそのものに見えるそれらのイタリア人像には、たくさんの真実とそれと同じくらいに多くの虚偽が含まれていますが、実はそこには「イタリア人はこうであって欲しい」というわれわれ日本人の願望も強く込められています。つまり人生を楽しく歌い、食べ、愛して終えるというおおらかな生き方は、イタリア人のイメージに名を借りたわれわれ自身の願望にほかならないのです。

そして、当のイタリア人は、実は誰よりもそういう生き方を強く願っている人々です。願うばかりではなく、彼らはそれを実践しようとします。実践しようと日々努力をする彼らの態度が、われわれには新鮮に映るのです。

筆者はそんな面白い国イタリアに住んでイタリア人を妻にし、肉体的にもまた心のあり方でも、明らかに日伊双方の質を持つ二人の息子を家族にしています。それはとても不思議な体験ですが、同時に「家族同士のつき合い」の積み重ねという意味では、世界中のどこの家族とも寸分違わない普通の体験でもあります。

日本に帰ると「奥さんが外国人だといろいろ大変でしょうね」と筆者は良く人に聞かれます。そこで言う大変とは「夫婦の国籍が違い、言葉も、文化も、習慣も、思考法も、何もかも違い過ぎて分かり合うのが大変でしょうね」という意味だと考えられます。しかし、それは少しも大変ではないのです。私たちはそれらの違いをお互いに認め合い、受け入れて夫婦になりました。違いを素直に認め合えばそれは大変などではなく、むしろ面白い、楽しいものにさえなります。

日本人の筆者とイタリア人の妻の間にある真の大変さは、私たち夫婦が持っているそれぞれの「人間性の違い」の中にあります。ということはつまり、私たちの大変さは、日本人同士の夫婦が、同じ屋根の下で生活を共にしていく大変さと何も変わらないのです。なぜなら、日本人同士でもお互いに人間性が違うのが当たり前であり、その違う2人が生活を共にするところに「大変」が生じます。

私たちはお互いの国籍や言葉や文化や習慣や何もかもが違うことを素直に認め合う延長で、人間性の違う者同志がうまくやって行くには、無理に“違い”を矯正するよりも「違うのが当然」と割り切って、お互いを認め合うことが肝心だと考え、あえてそう行動しようとします。

それは一筋縄ではいかない、あちこちに落とし穴のある油断のならない作業です。が、私たちは挫折や失敗を繰り返しつつ“違い”を認める努力を続け、同時に日本人の筆者とイタリア人の妻との間の、違いも共通点も全て受け継いで、親の欲目で見る限りまあまあ良い方向に育ってくれた息子2人を慈しみながら、日常的に寄せる喜怒哀楽の波にもまれて平凡に生きています。

そして、その平凡な日常の中で筆者は良く独(ひと)りごちるのです。

――日本とイタリアは、この地球上にたくさんある国のなかでも、たとえて言えば一方が南極で一方が北極というくらいに違う国だが、北極と南極は文字通り両極端にある遠い大違いの場所ながら、両方とも寒いという、これまた大きな共通点もあるんだよなぁ・・・――

と。

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銃弾とコロナが飛び交う時節

 

欧州は新型コロナ感染拡大第2波に襲われつつあります。それどころか、スペイン、フランス、イギリス等の感染状況を見ると、第2波の真っただ中という見方もできます。

そんな中でもいや感染を恐れて家に閉じこもる機会が多いそんな折だからこそヨーロッパ人は狩猟に出ることをやめません。

欧州の多くの国の狩猟解禁時期は毎年9月です。新年をまたいで2月頃まで続きます。いうまでもなく細かい日時は国によって異なります。

たとえばイタリアは9月の第一日曜日に始まり約5ヶ月にわたって続きます。フランスもほぼ似通っています。

一方、狩猟超大国のスペインは春にも狩猟シーズンがあって、一年のうちほぼ9ヶ月間は国中の山野で銃声が聞こえます。

スペインの狩猟は悪名高い。狩猟期間の長さや獲物の多さが動物愛護家やナチュラリスト(自然愛好家)などの強い批判の的になります。

2012年には同国のフアン・カルロス前国王が、ボツワナで像を撃ち殺して世界の顰蹙を買い、スペインの狩猟の悪名アップに一役買いました。

もっとも狩猟への批判は、フランスやイタリアでも多い。欧米の一般的な傾向は、銃を振り回し野生動物を殺すハンティングに否定的です。

近年はハンターも肩身の狭い思いをしながら狩猟に向かう、といっても過言ではありません。彼らの数も年毎に減少しています。

それでもスペインでは国土の80%が猟場になっていて、今でも国民的スポーツ、と形容されることが多い。正式に狩猟ライセンスを保持しているハンターはおよそ80万人です。

しかし実際には密猟者と無免許のハンターを合わせた数字が、同じく80万程度になると考えられています。つまり160万人もの狩猟者が野山を駆け巡るのです。

イタリアのハンターは75万人。状況はスペインやフランスなどと同じで、多くの批判にさらされて数は年々減っています。しかし、真の愛好者は決してその趣味を捨てません。

かつてイタリア・サッカーの至宝、と謳われたロベルト・バッジョ元選手も熱狂的ハンターです。彼は仏教徒ですが、殺生を禁忌とは捉えていないようです。

狩猟が批判されるもうひとつの原因は、銃にまつわる事故死や負傷が後を絶たないことです。犠牲者は圧倒的にハンター自身ですが、田舎道や野山を散策中の関係のない一般人が撃ち殺される確立も高い。

狩猟は山野のみで行われるのではありません。緑の深い田舎の集落の近辺でも実行されます。フランスやイタリアの田舎では、家から150メートルほどしかない範囲内でも銃撃が起こるのです。

そのため集落近くの田園地帯や野山を散策中の人が、誤って撃たれる事故が絶ちません。狩猟期間中は山野はもちろん郊外の緑地帯などでも出歩かないほうが安全です。

イタリアでは昨年秋から今年1月末までのシーズン中に、15人が猟銃で撃たれて死亡し49人が負傷しました。また過去12年間では250人近くが死亡、900人弱が負傷しています。

またフランスでは毎年20人前後が狩猟中に事故死します。2019年の秋から今年にかけての猟期には、平均よりやや少ない11名が死亡し130人が負傷しました。

狩猟の規模が大きくハンターも多いスペインでは、一年で40人前後が死亡します。また負傷者の数は過去10年の統計で、年間数千人にも上るという報告さえあります。

事故の多さや批判の高さにもかかわらず、スペインの狩猟は盛況を呈します。経済効果が高いからです。スペインの狩猟ビジネスは12万人の雇用を生みます。

ハンティングの周囲には狩猟用品の管理やメンテナンス、貸し出し業、保険業、獲物の剝製業者、ホテル、レストラン、搬送業務など、さまざまな職が存在します。

スペインは毎年、世界第2位となる8000万人を大きく上回る外国人旅行者を受け入れます。ところが新型コロナが猛威を振るう2020年は、その97%が失われる見込みです。

観光業が大打撃を受けた今年は国内の旅行者が頼みの綱です。その意味でもほとんどがスペイン人である狩猟の客は重要です。2020年~21年のスペインの狩猟シーズンは盛り上がる気配がありますが、それは偶然ではありません。

スペインほどではありませんがここイタリアの狩猟も、またフランスのそれも盛況になる可能性があります。過酷なロックダウンで自宅待機を強いられたハンター達が、自由と解放を求めて野山にどっと繰り出すことが予想されます。

欧州では2020年秋から翌年の春にかけて、鹿、イノシシ、野生ヤギ、ウサギまた鳥類の多くが狩られ、ハンターと同時に旅人や散策者や住人が誤狙撃されるいつもの危険な光景が出現することになります。

その同じ欧州は新型コロナの感染拡大第2波に襲われています。外出をし、移動し、郊外の田園地帯や山野を旅する者は従って、狩猟の銃弾の剣呑に加えて新型コロナウイルスの危険にも晒される、という2重苦を味わうことになりそうです。


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狂犬vs痩せ犬 

イタリア時間9月30日の午前3時に始まった、米大統領選に向けてのトランプvsバイデン候補の討論会を見ました。期待はずれのひどい見せ物でした。

子供のののしり合い、というと子供に失礼なので、「狂犬と痩せ犬」の吼え合い、と穏健な表現で中身を描写しておこうと思います。

狂犬はいうまでもなくトランプ候補。例によってこれがアメリカ大統領かと耳を疑い目をむきたくなる下品で、野卑で、尊厳のひとかけらもない言動のオンパレードでした。

一方のバイデン候補には「負け犬」という称号を与えたいところです。しかしながら、トランプ候補に比べると、少しは言動の野蛮度が低かったことに鑑みて、「痩せ犬」と形容するにとどめておきます。

およそ討論とは呼べない激しい言葉の応酬は、トランプ候補が繰り返しバイデン候補の発言を遮り、バイデン候補がトランプ候補を「嘘つき」「史上最悪の大統領」などと罵倒する流れの中で、どんどんヒートアップして混乱の極みに達しました。

一時間半におよぶ討論会では、新型コロナウイルスや人種問題や経済、また保守派で固められつつある最高裁判事事案や、選挙そのものの信頼性への疑問等々がテーマになりました。

しかし、両候補は政策論や政治論の入り口にさえ入ることなく、相手への誹謗中傷に終始しました。それはトランプ候補のトランプ候補らしい傍若無人な言動によって始められ拡大しました。

だが、そうはいうものの、バイデン候補にも大人の知性と分別で相手に対峙するほどの能力はさらさらなく、どちらも似たり寄ったりの無残な姿態をさらし続けました。

司会者がトランプ候補に白人至上主義者を否定するよう求める場面もありました。

トランプ候補は独特の狡猾な言い回しで否定も非難もしませんでした。司会者の要求をかわしつつ、選挙結果が信用できない形になる恐れがある、と自らの敗北を意識してそれを認めない可能性を示唆するありさまでした。

トランプ候補とどっこいどっこいの下劣と威儀の無さで印象の薄かったバイデン候補はそれでも、ヘイトスピーチと遜色の無いトランプ候補の咆哮の間隙を縫って重要な指摘もしました。

いわく、
トランプ大統領のもとで米国は分断され、弱体化し貧しくなって、国民はより暴力的になる。また私はロシアのプーチン大統領に対して、彼の政治手法は断じて受け入れられない、と面と向かって伝えたが、トランプ候補は彼に何も言えない。プーチンの犬になっている。

いわく
(トランプ大統領が所得税をほとんど納めていないという疑惑を受けて)
大金持ちのトランプ候補が納めた税金は学校の教師よりも少ない。そんな男が大統領だなんて最悪の事態だ。

いわく
トランプ大統領は金融市場にしか興味が無い。新型コロナウイルスによる死者が急増し世界最悪になっているのに、経済活動を再開させると言い張っている。Covid19恐慌を抑えなければ経済を回復させることなどできない。

云々。

エール大学経営大学院の統計によると、まるで新型コロナに絡めて経済に言及したバイデン候補に同調するのでもあるかのように、アメリカの77%の企業幹部が選挙では民主党のバイデン候補に投票する、としています。彼が法人や金持ちに対する税を引き上げる、と公約しているにも関わらずです。

そのことは選挙結果の重大な内容を示唆しているようにも思えますが、前回選挙でトランプ候補の落選を予想してスベリ続けた自分を恥じ、反省する意味合いでも、これ以上の言及は避けておきたいと思います。

 

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蓮の台でコロナを迎え撃つ

【新聞同時投稿コラム】

~同床異夢~

欧州ではスペイン、フランス、イギリスなどの大国を中心に多くの国で新型コロナの感染が拡大している。第2波である。

そんな中、かつて欧州どころか世界でも最悪のコロナ感染地だったもう一つの大国イタリアは、感染拡大が最も少ない部類の国になっている。

イタリアは3月から4月にかけてコロナ恐慌で呻吟した。医療崩壊に陥り、これまでに3万5千人余の患者と177名もの医師が新型コロナで死亡するいう惨状を呈した。

当時イタリアには見習うべき規範がなかった。孤立無援のまま正真正銘のコロナ地獄を体験した。

世界一過酷なロックダウンを導入して、イタリアは危機をいったん克服した。だが国民の間には巨大な恐怖心が残った。そのために少し感染拡大が進むと人々は即座に緊張する。

イタリア国民はかつてロックダウンの苛烈な規制だけが彼らを救うことを学び、それを実践した。規制の多くは今も実践している。

国の管制や命令や法律などに始まる、あらゆる「縛り」が大嫌いな自由奔放な国民性を思えば、これは驚くべきことだ。

イタリアに続いて、例えばスペインもフランスも感染爆発に見舞われ医療危機も体験した。だが、スペインとフランスにはイタリアという手本があった。失敗も成功も悲惨も、両国はイタリアから習ぶことができた。

恐怖の度合いがイタリアに比べて小さかった二国は、ロックダウン後は良く言えば大胆に、悪く言えば無謀に経済活動を再開した。その結果感染拡大が急速に始まった。そうした状況は他の欧州のほとんどの国々にも当てはまる。

イタリアの平穏な状況は、しかし、同国のコロナ禍が終わったことを意味するものではない。

イタリアでも新規の感染者は着実に増えている。結局イタリアも欧州の一部だ。コロナ禍の先行きはまだ全く見えないのである。

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コロナがいてもトマトソースは作らねば

今年は菜園のトマトが不作でした。新型コロナのせいです。もっと正確に言えば、新型コロナの脅威に心が折れて、菜園から足が遠のき種まきや苗の植え付けが少し時期外れになりました

植え付けてからの世話も後回しになり、遅れ、見逃し、忘れがちになりました。一時は世界最悪だったイタリアのコロナ禍は、それほどに凄まじかったのです

加えて菜園の土の地味が弱いのも不作の一因になっているようです。野菜作りは土作りで。地味が良くなかったり土が瘠せていては作物は大きく育ちません

トマト以外の、例えばフダン草やナスや春野菜の出来も良くありませんでした。堆肥の投入が必要なようです。菜園は完全な有機栽培で

不作ながら8月と9月の2回、トマトソース作りをしました。8月には500ml 9+250ml 1本、9月には500ml 7本、計いわば16,5本。8リットル余のトマトソースを作りました。例年よりも大分少ない。

家族や友人に分けると自家消費分はほとんど残らないでしょう。しかし、皆楽しみにしているので、分けないわけにはいきません

トマトソース作りは:

1先ずトマトのヘタ周りに包丁を入れて芯をえぐり取る。

2反対側にやはり包丁で十文字(✕印でも何でもいい)の切り込みを入れる(そうしておくとトマトを茹でたとき皮がつるりと剥ける)。

3トマトを沸騰した湯に浸し、取り出して冷水に投げ込み冷やす。

4皮を剥き、適当な大きさに切るなりして身を絞り出す。皮は捨てる。芯と同様に硬くてソースには向かないから。

5絞り出した身を沸騰させて煮ながら水分を飛ばす。どろりとした感じなった時点で火を止め、そのまま冷ます(一晩なり)。

6保存用の容器(瓶など)に移し(分け)入れ、ソースを覆うようにオリーブ油を少し加える。きっちりと蓋をする。

7.全ての瓶が出来上がったら、瓶の全体が水に浸かる深さの鍋に入れ、冷水から沸騰させる(煮沸していく)。

8沸騰したらそのまま5分ほど置き、火を消す。

9鍋の中で冷ます(一晩なり)。湯が完全に冷めたら一本一本取り出す。出来上がり。

ソースには塩やハーブを加えても良い。筆者は一切何も入れません。後で調理をするときに好きなだけ追加すればいい、と考えるからです

ソースはきっちりと手順を踏んで作れば常温でも1年は保ちます。冷蔵保存すればもっと長持ちします筆者の場合は冷蔵保存で3年、という記録があります。

味や品質に全く問題はありませんでした。しかし科学的、専門的に見たときにどうなのかは分かりません。従って長期の保存はおすすめはできません。

そのときのソースは3年目で食べつくしましたが、残っていればもしかするとそれ以上長持ちしたかも、というふうにも思いました

 

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ロックダウンのバタフライ効果

欧州を新型コロナ感染拡大の第2波が襲いつつあります。スペイン、フランス、イギリスなどの大国を中心に感染が急速に拡大しています。フランスの一日あたりの感染者数が13千人を超えたり、スペインがその上を行き、 最近のイギリスの一日当たりの感染者数が4000人前後に達するなど、状況が切迫してきました。

そうした中、かつて欧州どころか世界最悪のコロナ感染地だったもうひとつの大国イタリアは、感染拡大を抑えて欧州の優等生と形容しても過言ではない平穏を保っています。一例を挙げれば9月18日現在、人口10万人あたりの2週間の平均感染者数はスペインが292,2人、フランスが172,1人に対しイタリアは33人にとどまっています 。

なぜイタリアの感染拡大が抑えられているのか。専門家によれば優れた検査システムと効果的な感染経路追跡手法、また厳格な感染防止策や的確な安全基準などが功を奏しているとされます。

そしてさらに大きいのは、イタリアがどの国よりも早くロックダウンを開始し、どの国よりも遅くそれを解除した事実です。しかもイタリアは全土封鎖を迅速に行い、且つそれの解除の際は他の国々のように急いで規制を緩和するのではなく、段階を踏んでゆるやかに行いました。

一方イタリア以外の国々は、ロックダウンをためらってその導入が遅れ、封鎖はしたものの、より規模の小さな、より弱い規制をかけました。その上彼らはロックダウンの解除を、より迅速により広範に行いました。それが国々の感染拡大の要因である、とします。

むろんそうした要素は疑いなく存在します。だがそれに加えて、ここイタリアにいて筆者が実感し強く思うこともあります。つまりイタリア国民の中に植えつけられた新型コロナへの強い恐怖感が、感染拡大の抑止に貢献しているのではないか、ということです。

イタリアは2月から4月にかけて、コロナ恐慌に陥って呻吟しました。医療崩壊に陥り、累計で千人余の患者と、なんと177名もの医師が新型コロナで死亡するという惨状に苦しみました。

感染爆発が起きた2月、イタリアには見習うべき規範がありませんでした。イタリアに先立って感染拡大が起きていた中国の被害は、イタリアのそれに比較して小さく、ほとんど参考になりませんでした。イタリアは孤立無援のまま正真正銘のコロナ地獄を体験しました。

世界一厳しく、世界一長いロックダウンを導入して、イタリアは危機をいったん克服しました。だが国民の間には巨大な恐怖心が残りました。そのために少し感染拡大が進むと人々は即座に緊張します。彼らは恐怖に駆られて緩みかけた気持ちを引き締め、感染防止のルールに従う、という好循環が起きています。

コロナ地獄の中でイタリア国民は、ロックダウンの苛烈な規制の数々だけが彼らを救うことを学び、それを実践しました。規制の一部は今も厳格に実践しています。規則や禁忌に反発し国の管制や法律などに始まる、あらゆる「縛り」が大嫌いな自由奔放な国民性を思えば、これは驚くべきことです。

多くの国がロックダウンを急ぎ解除した最大の理由は ― 感染拡大が縮小したこともありますが ― 経済活動の再開でした。ロックダウンによって各国の経済は破壊されました。あらゆる国が経済活動を元に戻さなければなりませんでした。それでなければ貧困が新型コロナを凌駕する困難をもたらすことが予想されました。

イタリアの経済状況は欧州の中でも最悪の部類に陥りました。コロナ以前にも決して良くはなかった同国経済は、全土にわたる封鎖によって壊滅状態になりました。それでもイタリアはロックダウンの手を緩めず、どの国よりも過酷にそれを続けました。なぜでしょうか。

それはひとえにイタリアが味わった制御不能な感染爆発と、それによってもたらされた前述の医療崩壊の恐怖ゆえでした。患者のみならず、医者をはじめとする医療従事者までが次々と犠牲になる新型コロナとの壮絶な戦いの様子は、連日連夜メディアによってこれでもかと報道され続けました。ロックダウンによって自宅待機を強制された国民は、文字通り朝から晩までテレビの前に釘付けになって、医療現場の地獄を目の当たりにしました。

医療現場の修羅は、鮮烈な臨場感を伴って人々の胸を突き刺しました。特に医療崩壊が激しかった北部州では、身近の者がバタバタと死んでいく現実と相まって、普段は目にすることが少ない医療現場の凄惨悲壮な地獄絵が人々を責めさいなみましだ。

イタリアに続いてスペインも感染爆発に見舞われ医療危機も体験しました。だが、スペインにはイタリアという手本がありました。失敗も成功も悲惨も、スペインはイタリアから習うことができました。恐怖の度合いがはるかに小さかったスペインは、ロックダウン後は良く言えば大胆に、悪く言えば無謀に経済活動を再開しました。 

スペインを追いかけてフランスもイタリアに倣いロックダウンを導入しました。だが仏西両国はイタリアよりも早くロックダウンを緩和しました。例えばイタリアは学校を9月13日まで完全閉鎖して14日から再開しましたが、全国一斉の措置ではなく地方によってはさらなる閉鎖を続けました。つまり感染状況を見極めながらの段階的な再開に留めたのです。

一方スペインは9月初めに学校を全面再開。フランスに至っては5月から段階的に学校を開きました。またイタリア政府がサッカーなどのプロスポーツ観戦の客数を1000人までとした段階で、フランスはプロテニスの観客数をイタリアの11倍以上の11500人まで認めるなど、多くの場面でイタリアよりもより遅く規制をかけ、イタリアよりもより早く且つ大幅に規制を緩和する措置を取り続けてきました。

それが今現在のイタリアと仏西両国の感染状況の差になって現れています。ちなみに感染拡大が懸念されている英国ほかの欧州各国も、スペインやフランスとほぼ歩調を合わる形でロックダウンを管理してきました。その結果、感染拡大が再び急速に始まったのです。

イタリアの平穏な状況は、しかし、同国のコロナ禍が終わったことを意味するものでは全くありません。イタリアでも新規の感染者は着実に増えています。つまるところイタリアも欧州の一部です。コロナ禍の先行きは他の国々と同様にまだ少しも見えないのです。

 

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パスタをスプーンで食う不穏と愉快

ここのところスパゲティやパスタに言及する機会が多かった。そこでついでにもう一点その周辺にこだわって記しておくことにしました。

筆者はこの直近のエントリーで、スパゲッティの食べ方にいちいちこだわるなんてつまらない。自由に、食べたいように食べればいい。食事マナーに国境はない、と書きました。

だが、しかし、右手にフォーク、左手にスプーン姿でスパゲティを食べるのはアメリカ式無粋だからやめた方がいい、という意見があることは指摘しておこうと思います。

フォークにからめたスパゲティをさらにスプーンで受けるのは、湯呑みの下にコースターとか紅茶受け皿のソーサーなどを敷いて、それをさらに両手で支えてお茶を飲む、というぐらいに滑稽な所作です。

田舎者のアメリカ人が、スパゲティにフォークを差し立ててうまく巻き上げる仕草ができず、かと言って日本人がそばを食べるようにすすり上げることもできず、苦しまぎれに発明した食べ方。

それを「上品な身のこなし」と勘違いした世界中の権兵衛が、真似をし主張して広まったものです。本来の簡素で大らかで、それゆえ品もある食べ方とは違います。

上品のつもりで慎重になりすぎると物事は逆に下卑ることがあり、逆に素直に且つシンプルに振舞うのが粋、ということもあります。スパゲティにフォークを軽く挿(お)し立てて、巻き上げて口に運ぶ身のこなしが後者の典型です。

というのは、2年前に亡くなった義母ロゼッタ・Pの受け売りです。義母は北イタリアの資産家の娘として生まれ、同地の貴族家に嫁しました。

義母は物腰の全てが閑雅な人でした。義母に言わせると、イタリアで爆発的に人気の出たスイーツ「ティラミス」も俗悪な食べ物でした。

「ティラミス」はイタリア語で「Tira mi su! 」です。直訳すると「私を引き上げて!」となります。それはつまり、私をハイにして、というふうな蓮っ葉な意味合いにもなりま。

義母にとってはこの命名が下品の極みでした。そのため彼女はスイーツを食べることはおろか、その名を口にすることさえ忌み嫌いましたた。

筆者は義母のそういう感覚が好きでした。彼女は着る物や持ち物や家の装飾や道具などにも高雅なセンスを持っていました。そんな義母がけなす「ティラミス」は、真にわい雑に見えました。

また、フォークですくったパスタをさらにスプーンで受けて食べる所作は、義母が指摘したアメリカ的かどうかはともかく、大げさに言えば、法外で鈍重でしかも気取っているのが野暮ったい。

その野暮ったさを洗練と履き違えている心情は2重に冴えない、というあまのじゃくな主張は、未だ人間のできていない筆者の、大気ならぬ小気な品性による感慨です。

あまのじゃくで軽薄な筆者の目には同時に、フォークにスプーンを加えて二刀流でスパゲティに挑む人々の姿は、宮本武蔵をも彷彿とさせて愉快、とも映ります。

発見や発明は多くの場合、保守派の目にはうっとうしく見え、新し物好きな人々の目には斬新・愉快に見えます。

そして筆者は、新し物好きだが保守的な傾向もなくはない、中途半端な人間です。

 

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